隣のテントでは、男の人が食事の準備を始めようとしているところでした。
「すみません。」
広田君が、隣のテントの人に声をかけると、その人は薪を腕に抱えたまま振り返りました。
「……。」
がっちりして、逞しく陽焼けした、なかなか渋い人なので、小林少年は、どきっ、となってしまいました。
「一人なんですか?」
その人は、ちょっと首をかしげてから、にこっ、と笑って、
「そうだよ。」
と、言いました。その笑顔が、すごくセクシーで、小林少年は下半身に、ずきっ、としびれるような感覚が走るのをどうしようもありませんでした。
「あの、俺たちは、隣のテントなんですが、俺が広田で、こいつが小林といいます。」
広田君も、なんだかしどろもどろです。
「俺は、藤田というんだ。よろしく。」
藤田さんに見つめられると、何も言えなくなってしまいそうです。小林少年に脇腹をつつかれて、広田君は、やっと自分がここに来た目的を思い出しました。
「あの……、さっき不審な男が通りませんでしたか?」
藤田さんは、ちょっと眉を寄せて不愉快そうな顔をしました。
「不審な男?」
広田君もどう説明すればいいのか困ってしまって、鼻の頭に汗をかいています。
「えーと、この小林君が、その男にいたずらされて……。」
小林少年は、思わず広田君のひじを引っ張って、やめさせようとしましたが、
「いたずら?」
どうやら手遅れだったようです。藤田さんの目は、好奇心できらきらしています。
「もう少し詳しく話して欲しいな。……何か手伝えるかもしれない。」
藤田さんの落ち着いた態度に、広田君は、
「実は……。」
すっかり藤田さんを信用してしまいました。
藤田さんは、話始めようとする広田君に両手をあげて押しとどめると、
「まあ、かけたまえ。」
さりげなく広田君の両肩に手を置いて、広田君をレジャーチェアに座らせます。
「ありがとうございます。」
広田君は、両肩に置かれた手のぬくもりが、ずーん、と自分の下腹部まで響くのを感じました。
「君も、どうぞ。」
藤田さんは小林少年にもレジャーチェアを進めてくれ、自分は折り畳み式のテーブルにもたれて、二人に向かい合いました。
「さて、いったいどうしたのかな。」
小林少年のところからはテーブルの影になってよくわからないのですが、どうも、藤田さんの膝が広田君の腿に触っているようなのです。
「この小林君を、一人で、……えーと、テントに残している間に……、その男に、いたずらされてしまって。」
広田君も、言っていることが上の空です。
「どんないたずらを……。」
藤田さんは、あくまでも『いたずら』の内容が知りたいようです。
「え……と、両手を縛られて、その……。」
さすがに広田君もそれ以上なんと言えばいいのかわかりません。小林少年は、赤面してうつむいてしまいました。やがて、広田君は、決心したように、
「そいつに、尻の穴を犯されて……。」
と、言いました。そこまで言わなくてもいいのに、と小林少年は思いましたが、広田君はそんな露骨な言い方をするのです。
「それで?」
広田君のショートパンツも、藤田さんのイージーパンツも、心なしか前がふくらんできたように見えます。
「俺が帰ってくる前に、その男は逃げてしまって……。」
藤田さんは、じっと広田君を見つめていますが、広田君は藤田さんと視線を合わせようとしません。
「どんな感じだった?」
藤田さんのいきなりの質問に、小林少年は思わずうつむいてしまいました。
「そ、それは、その……。」
本当は気持ちよかったのですが、まさかそんなことは言えません。すると、藤田さんは、
「たいへんだったね。」
何もかもわかっているかのように、にやっ、と笑いました。
「……でも、俺は、ずっとここにいたけど、君たちが来る前には誰も見なかったよ。」
藤田さんは、きっぱりとした口調です。
「そうですか、それじゃあ、仕方がないですね。」
広田君は、残念そうに立ち上がりました。
「まあ、気を落とさずに、他のテントの連中にも尋ねてみよう。」
どうやら、藤田さんいっしょに犯人探しをしてくれるようです。
「まず、あっちのテントに行ってみよう。」
小林少年を先頭に、三人は歩き始めました。でも、小林少年は、藤田さんが広田君の耳元で何かささやくのを見逃しませんでした。
「君のパートナが寝静まった頃、俺のテントに来ないか?」
藤田さんは、そうささやいたのです。広田君は、返事をするかわりに、堅い山脈ができてしまった自分のショートパンツの前を、藤田さんの手にすばやく押しつけたのでした。
快人69面相 -小林少年の夏の思い出 5
日曜日, 5月 30, 1993