快人69面相 -小林少年の夏の思い出 6

日曜日, 5月 30, 1993

 そのテントは、二人連れの高校生でした。
「ちょっと話を聞いて欲しいんだけど。」
広田君がテントの外から声をかけると、しばらく間があって、
「すみません、今、ちょっと……。」
一人が顔をのぞかせて、困ったような顔をして言いました。
「手間はとらせないから……。」
広田君が重ねて言うと、
「じゃあ、しばらく待ってもらえますか?」
顔を引っ込めて、テントの中でごそごそと何かやっているようです。いったいどうしたのかと、三人が顔を見合わせていると、
「お待たせしました。」
上半身裸の二人がテントから出てきました。
「俺たちは、あっちのテントで、こっちが藤田さん。俺が広田、こいつが小林です。」
広田君が三人を紹介しました。
「ど、どうも。俺が大田で、こいつは岡崎です。」
そう言った大田君はジーンズをはいていますが、岡崎君はスウェットパンツをはいているのです。大田君のジーンズはぴちぴちに張り切っていて、股の付け根から斜め上に伸びている棒状のものの存在がよくわかります。その大きさは、どう考えてもふつうの状態ではないようです。岡崎君のスウェットパンツは、もっとあからさまに、反り返ったものの形をくっきりと浮き上がらせています。先端のくびれまでがくっきりと浮き出しているところを見ると、スウェットパンツの下には何もはいていないのかもしれません。
「な、なんだか、お楽しみのところを邪魔しちゃったみたいで……。」
広田君は、申し訳なさそうにあやまりましたが、
「やっぱり、わかります?」
大田君は、あっけらかんと頭をかいています。
「もっと暗くなってからにしよう、って俺は言ったのに、大田の奴が……。」
岡崎君も、スウェットパンツを突っ張らせたままで苦笑しています。
「岡崎だって、そんなこと言いながら、もうぴんぴんだったじゃないか。」
大田君が、そんなことを暴露してしまって、岡崎君も、
「そんなことないよ、おまえがキスなんかするから……。」
負けずに言い返しています。
 このままでは、延々と痴話喧嘩が続きそうなので、広田君は、
「あのー、俺たちが来たのは……。」
と、二人に割って入りました。
「あ、すみません。俺たち、いつもこんな感じなので、気にしないでください。」
大田君はそうあやまりましたが、
「岡崎、おまえが余計なこと言うから悪いんだぞ。」
またまた言い争いが始まりそうです。
「だから……。」
広田君は、テントの中でいちゃいちゃしてたこいつらに聞いても無駄かな、と思いましたが、
「このあたりで、不審な男を見なかったか教えて欲しいんだけど……。」
一応、尋ねてみることにしました。
「男?」
大田君は、『不審な』という言葉は聞き逃したようでした。
「どんな?」
岡崎君も、『男』にのみ興味があって、『不審な男』には興味がないようです。
『やっぱり聞くだけ無駄だった。』
と広田君は後悔しましたが、一応、小林少年の身に起こった幸福な、いや不幸な出来事について説明しました。
「へー、いたずらか。それはたいへんだったね。」
大田君は、素直に同情してくれましたが、
「手首を縛られると、急に不安になるんだよな。」
岡崎君のリアクションが妙にリアルなのが怪しいと小林少年は思いました。
「俺たち、ずっとテントの中でいたから、もし、誰か通ったとしても気がつくような状態じゃなくて……。」
まあ、そりゃそうだろうな、と広田君は、納得してしまいました。
「じゃあ、もう一つのテントにあたってみますか。」
広田君があきらめ顔で言うと、藤田さんもうなずきました。
「なんなら、俺たちもいっしょに行きましょうか?」
大田君と岡崎君がそう言ってくれたので、みんなでいっしょにもう一つのテントへ行ってみることになりました。
 広田君が、そのテントの二人連れに、不審な男を見なかったかと尋ねると、
「特に何も気がつかなかったなあ。」
残念ながら、手がかりは得られません。その二人は、顔や体型はあまり似ていないのですが、話をしていて受ける印象が二人ともよく似ているので、好奇心に勝てなくなった小林少年は、
「お二人は、兄弟ですか?」
聞いてみました。すると、二人は一瞬顔を見合わせた後で、大笑いになってしまいました。
「兄弟だって、俺たち……。」
何がそんなにおかしいのか、小林少年はまったく理解できなかったのですが、なかなか二人の笑いは止まりません。
「違うよ、俺たちは、同じ会社で働いてるんだ。」
背が低いほうの、少し肉付きのいい人がそう言うと、
「この人は、俺の上司で中村課長補佐、俺は柴山って言うんだ。」
背の高いほうの、すらっとした人がそう言いました。
「こいつ、俺のことを上司なんて、思ってもいないくせに。」
上司という人は、相手の引き締まった脇腹をつかみながら、ちょっとにらむふりをしました。
「あっ、やめて下さいよ。俺は、そこが弱いのを知ってるくせに……。」
あわててその手から逃げようとする部下の人は、本当は上司の人に触られるのがうれしくてたまらないように、小林少年は感じましたが、とりあえず黙っていました。
 二人はしばらくじゃれあっていましたが、さすがにみんなの視線に気がついたらしく、中村さんが、
「何かあったんですか?」
広田君に尋ねました。それで、広田君は、小林少年の身に起こった事件をかいつまんで話しました。小林少年は、自分の淫乱が招いた事件をみんなに知られることになってしまって、恥ずかしくてたまりません。
「それは、大変でしたね。」
中村さんは、一応そう言ってくれましたが、柴山君は、いいなあ、という顔をしています。そんな柴山君を、
「どうしたんだ、柴山。うらやましそうじゃないか。」
中村さんが冷やかしています。
「え、そ、そんなことないですよ。」
あわてて柴山君は否定していますが、柴山君のジーンズが斜めに盛り上がっているように見えるのは、どうしてなのでしょう。
「まあ、俺は柴山といっしょだったし、柴山なら、襲われることはあっても、襲うなんてことは考えられないからなあ……。」
中村さんがそうつぶやくと、
「ひどいなあ。」
柴山君は、中村さんの肩をつかんでゆさぶります。
『柴山さんは、きっと甘えん坊なんだ。』
小林少年は、柴山君がちょっとうらやましくなりました。
「結局、怪しい男は見つかりませんでしたね。」
藤田さんの言葉に、みんな藤田さんを振り返りました。
「おかしいなあ……。」
広田君は、
「と、とにかく、みなさんで、俺たちのテントまで来てもらえませんか。」
とりあえず、これまでにわかったことを整理してみようと思ったのです。小林少年は、なんだか、とんでもないことになってしまった、と小さな胸を痛めていました。