そのノックの音に驚いた69面相が、大あわてでドアのほうへ駆けだしたとき、小林君は、ちょっぴり残念でした。なぜって、あとほんの一こすり、というところだったのに、おあずけをくってしまったからです。
「ただいま。」
69面相がバタンとドアを出ていってから、しばらくすると、明痴先生が入ってきました。手にはなにやら封筒を持っていましたが、小林君のワイセツきわまりない格好をみて、思わずそれを床に取り落としてしまいました。
「先生……。」
小林君は、しどろもどろでしたが、やがて、しくしくと泣き始めました。
「い、いったいどうしたんだい、その格好は……。」
明痴先生は、とりあえず、小林君のお尻がくわえ込んでいるウイスキーのビンを抜いてやりました。
「あっ……。」
ちょっと乱暴に抜きすぎたためか、小林君は痛そうに顔をしかめました。でも、その時、小林君の少年がピクンと首を振って、透明な粘液を、とろっ、とあふれさせたのはどうしてなのでしょう。
明痴先生は、ぐすんぐすん、と鼻をすすっているばかりの小林君の体に、ちょっと残念そうな顔をして毛布をかけてやりながら、
「いったい僕の留守中に何が起こったんだい?」
と尋ねました。でも、小林君は、やっぱり泣いているばかりです。
「これでも飲んで、元気出せよ。」
明痴先生は、仕方なく秘蔵のブランデーをグラスについで、少し砂糖を入れて、小林君に手渡してやりました。でも、こんな少年にブランデーなんか飲ませていいのでしょうか。
「先生……。」
ブランデーを少しすすってから、やっと小林君は話し始めました。
「僕……、一人で退屈だったから、ちょっと居眠りしてたんだ。」
明痴先生は、それはうそだな、というような目つきをしましたが、黙ったまま小林君の話を聞いていました。
それで、小林君は、時々鼻水をすする演技をしながら話しました。
「はっ、時がついたときには、もう69面相っていうやつに押さえつけられてて、ズボンを無理矢理に脱がされちゃって、あそこをいじられたんだ……。」
そこまで言うと、小林君は、ぽっと耳たぶを赤く染めました。何も知らない人が見れば、69面相にやられた恥ずかしいことを思い出しているみたいです。けれども、本当は、自分がやっていた恥ずかしいいたずらを思い出して赤くなったのです。
「いじられた、って……?」
それなのに、明痴先生は、平気な顔をしてそんなことを尋ねるのです。
「え?!」
小林君は、明痴先生の不意の質問に、いっそう赤くなってしまいました。
「何があったのか、できる限り詳しく教えてもらうのが、探偵としての僕の主義だから、何もかも言って欲しいんだ。」
明痴先生は、きっぱりとそう言いました。
「だから、握ってしごいたり、とか、……それから、69面相のすごいやつをお尻の穴に……。」
いくらいたずら大好き少年の小林君でも、まさか、自分でお尻の穴をいたずらしている最中を、69面相に見つけられた、とは白状できなかったのです。
明痴先生は、小林君の言葉に、ふうん、などと首をひねっています。
「けれども、僕が帰ってきたとき、小林君のお尻の穴には、ウィスキーのボトルが突き刺さっていたはずだよ。」
そう言われて、小林君は、あわてて言い訳を考えました。
「あ、あれは、69面相が、逃げていくときに、僕のお尻にぐっと……。」
「突っ込んでいったのかい?」
大急ぎでうなずきながら、小林君は、全身がほてっていました。
「そのわりには、ビンがぬるぬるになっているなあ……。」
明痴先生は、そんなことをつぶやきながら、さっきまで小林君のお尻に食い込んでいたウィスキーのビンの首のあたりをしげしげと見つめているのです。小林君は、さっき恥ずかしい姿を明痴先生に見られたときよりも、もっと恥ずかしくなって、穴があったら入りたいような気持ちでした。
そんな小林君の様子を見て、また泣き出されては困ると思ったのか、明痴先生は、話題を変えようと、
「ところで、69面相は、どんな顔をしていたのか、見なかったかい?」
と尋ねました。
「さ、さあ、どんな顔といわれても……。覆面をしてたから……。」
覆面をしていなくても、顔を見るどころじゃなかったでしょうけれども。
「でも、声が、どこかで聞いたことがあるような……。」
小林君はしきりに首をひねっていましたが、どうしても思い出せません。
「それよりも、先生がノックして入ってくるときに、すれ違いに出ていったから、先生が顔を見たんじゃないんですか?」
小林君がそういうと、明痴先生はちょっとあわてて、
「い、いいや。僕は誰にも会わなかったよ。それに、僕がノックなんかするはずないじゃないか。……そうそう、ドアに家賃の督促状がはさんであったから、管理人さんじゃないかな。」
目を白黒させています。
明痴先生は、なにやらぶつぶつとつぶやきながら、ばつの悪そうな顔をして、部屋の中を歩き回っていましたが、やがて、小林君が、明痴先生の机の上に放りだしておいた例のワイセツな写真に目をやりました。
「おや……?」
しまった、と小林君は思いましたが、今さら手遅れです。
「この写真はどうしたんだい?」
明痴先生は、自分のコレクションだとわかっているくせに、とぼけているようです。
「え……と、その69面相が、恥ずかしがる僕に見せて……。」
小林君は、特に『恥ずかしがる』というところを強調して言いましたが、それを見ながらズボンの前を突っ張らせていたのが、自分だったことをすっかり忘れてしまっているようです。
「これは、君のような少年の見るものじゃないから、僕が預かっておいてあげよう。」
結局、明痴先生は、小林君のために、という名目で、ワイセツ写真も取り戻してしまったのです。
しばらくの間、部屋の中には重苦しい沈黙が漂っていました。小林君は、本当のことがばれやしないかと、ひやひや、していたのですが、明痴先生は、一応、小林君の言うことを信じたようです。
「小林君が襲われたとあっては、見過ごしにはできないな。」
実際は、小林君が襲われたっていうわけではないのですが、今さらどうにもなりませんから、
「先生、何とかして69面相を捕まえてください。僕、悔しくって……。」
と、もう一度泣き真似をして見せました。
「もちろんだ。まかせておきたまえ。」
明痴先生は、変に自信ありげにうなずきました。
「本当ですか?」
「ああ。それよりも、いい加減に服を着たまえ。……もったいないけど。」
最後の言葉は、小さな声だったので、小林君には聞こえませんでした。それで、小林君は、恥ずかしそうに毛布の中で、ブリーフをはきました。