小林君が身だしなみを整えている間、明痴先生は、部屋の中を歩き回っていましたが、やがて、確信した顔で、
「やっぱり向かいのマンションが怪しいな。」
と断定しました。
「え?!」
小林君は、ちょうどズボンをはいて、すっかり大人しくなったものの位置を修正していたところだったので、ちょっとあわててしまいました。
「小林君が僕のところへ遊びに来ているのが、どうして69面相にわかったのか、考えてごらん。向かいのマンションの部屋からなら、この事務所が見渡せるだろう?」
なるほど、明痴先生の言うとおり、向かいのマンションからなら、こちら側が丸見えです。小林君は、そんなことには無関心に、カーテンも引かずにいたずらに耽っていたのですから、きっと、全部見られてしまったのに違いありません。
「そ、そうか……。」
小林君は、わかったふうに、うなずきながら、今度からわるさをするときはちゃんとカーテンを引かなくちゃ、と思っていました。
そんな小林君を無視して、明痴先生は、ふんふん、なるほど、などと、自分の推理にしきりに感心していました。
「よし、いい考えがあるぞ。」
そして、明痴先生は机の引き出しから、双眼鏡を取り出してきたのです。小林君は、いったい、明痴先生は、何のために双眼鏡なんかを事務所においてあるんだろうと思ったのですが、まさか、これでいつも向かいのマンションをのぞいてるんでしょう、と尋ねるわけにもいかず、
「そ、そんなもので、どうするんですか?」
そう言って、気がつかないふりをしたのです。
「こいつで向かいのマンションを見張っていれば、きっとその69面相というやつも尻尾を出すに違いないさ。」
明痴先生はきっぱりと言いました。けれども、見張る、なんていう言い方は、言い訳にしても、ちょっと言い過ぎなんじゃないでしょうか。
そうして、明痴先生は、カーテンのすき間から、そっと向かいのマンションを双眼鏡でのぞき始めたのです。なんだか手慣れているなあ、と小林君は感心しましたが、そんなことは言わないほうが良さそうだったので、黙っていました。
「ふうん、この部屋なんか、怪しいなあ。」
のぞきなんて、あんまりいい趣味じゃないなあと思っていた小林君ですが、明痴先生が熱心に双眼鏡でのぞいているのを見ていると、ちょっぴり興味がわいてきました。
「先生、僕にも見せてください。」
明痴先生からひったくるようにして小林少年は双眼鏡に目を当てると、向かいのマンションをのぞきました。すると、どきっとするほど近くに、向かいのマンションのベランダが見えます。
「あ……。」
白い布をブルーの線で縁取りしたブリーフが、まず小林少年の目に飛び込んできました。
「ここに住んでいる人は独身かな……。」
男性用の下着がずらっと干してあります。鮮やかな原色のトランクスや、競技用サポータのように小さいブリーフ。ほらほら、小林君、よだれが……。
明痴先生は、そんな小林君の様子を見て、ちょっとの間ニヤニヤしましたが、すぐ真顔に戻って、
「じゃあ、僕はまだ仕事が残っているから出かけるけど、しっかり見張っててくれよ、小林君。」
と言うと、さっさと出かけて行ってしまいました。けれども、小林君は、明痴先生が出ていったのにも気がつかないほど熱心に双眼鏡をのぞいています。それも、無理はありません。今起きたところらしい若い男が、大あくびをしながら、ブリーフを干してあるベランダへ出てきたのです。きっとこの男が、干してある下着の持ち主なんでしょう。
「ごくっ……。」
小林君が生つばを飲み込む音が、事務所の中に響きました。何しろその男が身につけているのは窮屈そうな小さめのブリーフだけで、しかも、そのブリーフの前はくっきりと中身の形を浮き立たせていたのです。その上、その引き締まった腹には、へそに向かって、ブリーフの中から黒い体毛が生え上がっています。
「いい体だなあ……。」
小林君はズボンのそこをごそごそといじり始めました。さっき69面相にしごかれて、あとちょっとというところでおあずけを食らっていた息子が、またむくむくと大きくなり始めたのです。
その男の人は、小林君が双眼鏡で見ているのを知ってか知らずか、ブリーフの上から半勃ちに近いものをちょっと撫でてみたり、大きくのびをして腋毛を見せびらかすようにしてみたりするのです。そうすると、そのたびに小林少年の下腹部は、ピクンピクンと反応するのでした。
「こんなにかっこいい人が、まさか69面相みたいないやらしいことをするはずがないもんな。」
小林少年は声に出してそう言ってみましたが、やっぱり我慢できなくて、ズボンのチャックを降ろすとすっかり堅くなってしまった少年自身を取り出して、その男の裸を見つめながらいたずらをし始めたのです。
「ああ……。」
もし、あの人が69面相だったら、と思うと、小林君の握っているものには、ズキン、と快感が走りました。小林君は、もうすっかりその男の人を69面相と決めつけて、ぬるぬるになったものをごりごりとこすり続けていたのです。
その時、小林君ののぞいている双眼鏡の中で大変なことが起こりました。
「あっ……。」
小林君はもう少しで双眼鏡を取り落としてしまうところでした。
「69面相!!」
そうです。黒い覆面をした男が、ブリーフだけの男の人の背後に忍び寄ろうとしているのです。
「危ない。」
小林君はそう叫びましたが、まさか聞こえるはずがありません。男の人は、いきなり後ろから襲いかかられて、あっ、という間に口をふさがれ、部屋の中へ引きずり込まれてしまいました。
「助けに行かなくっちゃ……。」
小林君は、大あわてで部屋から飛び出そうとしましたが、そうすると、下半身が涼しいのです。さっきいたずらをするためにむき出しにしたのを大急ぎで押し込むと、小林君は、部屋を飛び出していきました。