夜の闇の中を俺は、どこをどう逃げればよいのかわからないまま、ただ、湖の方とは反対を目指して走っていた。そこは険しい山になっていて、俺は、草や枝をかきわけながら登っていった。
「待てー!」
思いの外近くに、主人の声がして、振り返った俺は、怒りに爛々と輝く目をした怒れる牛の姿を見た。
「このままでは追いつかれてしまう。」
あの牛の化け物につかまったら、どんなことをされるのか想像もつかない。下手をすれば、その場で食われてしまうかもしれない。俺は、必死で山を登ったが、主人の声は、どんどん俺の背後に近づいてくる。
「どうすればいいんだろう。」
その時、俺は、無意識のうちに握りしめている三助からもらったお守りに気づいた。
『お困りの時に、きっと役に立ちます。』
俺が、そのお守りの袋を開けてみると、中から3枚のお札が出てきた。
「これをどうすれば……。」
しかし、もう、主人の声はすぐ後ろに迫っていて、その鼻息さえ俺にかかりそうだった。『何とかしなくては。』
俺は、そのお札の一枚をとると、むなしい時間稼ぎのつもりで、俺につかみかかろうとしている主人に向かって力任せに投げつけた。ところが、驚いたことに、突然、地面からぐにゅぐにゅと男根そっくりのきのこが無数に生え始めて、俺と主人の間を隔ててしまったのだ。
「こ、これは……。」
主人は、地面から生えた男根そっくりのきのこを見ると、好色に頬をゆるめ、それらを一本ずつ大きな舌でなめ始めた。主人になめられた男根そっくりのきのこは、ひくひくしながらより一層長く太く伸び上がる。主人が、さらにそのきのこをなめていると、それは、ぱっ、と青臭い匂いの粘液をまき散らして、ゆっくりと地面に吸い込まれていった。地面から生えた男根そっくりのきのこを、主人が一本ずつなめている間に、俺は、できるだけ遠くへ逃げようと、重い脚にむち打って山道を登っていった。あんなにたくさん生えていた男根も、いつのまにやら主人によってなめ尽くされてしまっていて、やがて、主人は、また、俺を追って山道を登り始めた。
「待てー!」
慣れない山道で、俺の足は、もうすっかり棒のようになってしまい、あとちょっとで頂上を越えられそうなところで、また、主人が俺に追いつかれそうになった。
「どうしよう。」
俺の手元には、あと2枚のお札が残っている。俺は、お札を1枚取ると、追いついてきた主人に向かって投げつけた。すると、今度は、ぐにゅぐにゅと、引き締まった尻にそっくりの大きな割れ目を持ったきのこが無数に生え始め、しかも、その割れ目からは、さきほどの樹液そっくりの青臭い粘液があふれ出して、見るものを淫靡に誘っていた。
「こ、これは……。」
主人は、立ち止まると、下腹部の男根を露わにして、その割れ目にいきり立った男根を、ぐいっ、と押し込んだ。最初は腰全体を回転させるようにして男根をそのきのこに突き立てていたが、そのうち、激しく腰を前後に揺すりたてた。そして、
「お、おうっ……。」
獣じみた声を上げると、やがて、主人の男根ときのこの合わせ目から、主人がしたたかに放ったに違いない本物の樹液が、どろっ、と漏れだして、きのこはだんだんと小さくなっていった。主人の下腹部の男根からは卑わいな匂いの樹液がしたたり落ちていたが、それでも天をむいて反り返りいきり勃ったままだった。一息ついた主人は、すぐ脇でなまめかしく誘っている若衆の尻の形のきのこに、その男根をずぶっと突き刺した。
「おうっ……。」
主人は獣じみた声を上げて、卑わいに腰を前後に揺すりたてた。主人が男根から精を放つまで、そのきのこは主人の男根をくわえ込んで離さないかのようだった。こうして、主人が、怪しく誘っているいくつものきのこと交わっている間に、俺は、なんとか山を越えて麓の町までたどり着くことができた。町の人達にいぶかられながらも、俺は、宿での出来事については何も語らず、沈黙を守ったまま、一軒の民家に泊めてもらい、翌日にはなんとか自分の部屋に帰ってきた。
「あれは、本当のことだったんだろうか……。」
日常の生活を取り戻すと、あの宿での出来事が、果たして現実だったのかさえ怪しかったが、俺の手元に残ったお守りと使い残したお札の一枚が、かろうじて現実感の支えになっていた。しかし、そのお守りも、棚のところに置いたままで、やがて、すべてのことが俺の記憶の奥深くに、そのまま沈潜していってしまうかのようだった。