俺って、かっちゃんに頼られると、弱いんだよなあ。
「幸介、頼みがあるんだけどさあ……。」
かっちゃんは、俺に頼みがあるときだけ愛想がよくて、
「なんだよ……。」
だから、俺もあんまりは嫌な顔ができない。
「英語のノート貸してくれよ。」
そりゃ、貸してやってもいいけど……。
「英語?」
人のノートを借りておきながら、俺よりもいい点をとったりするんだから、愉快じゃない。それとも、俺が勉強しないだけなのかなあ。
「あんまりきっちりは、ノートとってないぞ。」
頼られてそんなに悪い気はしないから、ついついノートを渡してやるんだけど、
「いいの、いいの、幸介のノートは読みやすいから……。」
これって、きっと皮肉なんじゃないかと思う。
「俺の字って、そんなに汚いかなあ。」
まあ、俺だって、自分の字がそんなにきれいと思ってるわけじゃないけど……。
「大丈夫だって、俺、幸介の字を解読するのは、慣れちゃったから。」
そうかよ。
「来週から期末試験か。」
かっちゃんがノートを借りに来ると試験が近いんだ。
「うん。」
中間試験は化学で赤点だったから、がんばらないと進級できないかもしれない、なんて、俺が真剣に考えてるのに、かっちゃんは、
「もうすぐ進路調査だなあ。」
いたってのんびりしていて、さすがに、他人のノートでいい点をとる奴は違う、なんて変なことに感心してしまう。
「いいよな、かっちゃんは落ち着いていられて……。」
俺なんか、期末試験が近いっていうことだけで、こんなにあたふたしてるのに。
「おまえも、理系だったよな。」
『理系』なんていうこと以前の問題として、俺にとっては期末試験があるんだけど……。
「そうだよ、本当は法学部かなんかに行きたいんだけど……。」
すると、かっちゃんはいたく機嫌を損ねたみたいで、
「文系の人間なんか、非生産的じゃないか。」
なんて言うんだけど、
「だって、俺、法律とかって、好きだもん……。」
俺が、つい、反論したものだから、
「おまえ、俺に逆らうのかよ。」
すっかり怒っちゃった。
「そんなこと言ったって……。」
えー、いったいどうしたっていうんだよ。俺がパニックしてると、
「そういうかわいげのないことをいうんなら、このノートは返してやらないからな。」
なんて、さっさと自分の席に戻って行ってしまったりする。
『結局、今のはなんだったんだ?』
俺は、事態が把握できなくて、ぽけ、っとしてたんだけど、
「ノートを返してもらえなかったら、俺は、どうやって英語の試験勉強をすればいいんだろう。」
やっと、そういう恐ろしいことに気がついたときには、6時間目のチャイムが鳴り始めていたりした。
かっちゃんのこと 1
土曜日, 4月 13, 1991