ベッドと言えば、こういうのも、やっぱり『ダブルベッド』になるのだろうか。パジャマを着ようと思って、シードルをちょっぴり飲み残したまま寝室に入ったんだけど、ちら、とベッドを見て、もう何回となく疑問に思ってきたことを、また思い出した。彼といっしょに暮らすようになる前から、僕はベッドで寝ていたから、自分のベッドをもっていた。彼も、一人で暮らし始めてからずっと愛用しているというベッドを持ってたんだけど、寝室をどうしよう、という話になった時、
「いいじゃないか、2つベッドがあるんだから、くっつけて置けばダブルベッドだよ。」
僕は、いい加減、頭痛がしそうだったんだけど、引っ越しの後かたづけだとか、もっとやっかいなことが山ほどあったから、とりあえず深く考えるのはやめにして、シングルベッドを2つくっつけて置いてダブルベッドにすることにした。あたりまえみたいな顔をして、『シングルが2つだから、ダブルベッドだよ』といった彼のことを思い出して、
「確かに、幅はダブルベッドだけど……。」
僕は、パジャマの上着のボタンをかけながら苦笑した。
まあ、ちょっと気のきいたシングルベッドを2つ同じやつを買ってきて並べて置く、とかいうことなら、まだ、それなりにありそうな話なんだろうけど、僕のベッドは、パインツリー製で引き出し付き、なんていうやつで、彼のベッドは、黒スチールパイプのシンプルスタイル、なんていうやつなんだ。その上、彼のベッドのほうがかなり低くて、彼は、マットを余分に重ねた上で寝ているのだ。彼の曰く、『ミスマッチ』なんていうのはてんで信じちゃいないけど、余分にマットを重ねてもぴったり合わない高さを合わせるために、彼のベッドの足の下には小さい木の板を置く、なんていう細工までしてあるんだから、頭痛もひとしおだったりする。そこまでして高さを合わせてあるのに、掛け布団のほうは、それぞれが別のをかぶって寝てるから、はっきり言って、何のためにこの『ダブルベッド』にそんなに執着したのか、かれの『ミスマッチ』感覚の理解に苦しんでしまう。
結局、こういう面では、きっと、彼は僕が考えているよりもずっと保守的なのに違いない。早い話が、新しいベッドにするのがうれしくないから、ずっと使っているベッドにこだわったのに違いない。もちろん、そんなことを彼に尋ねてみたって、彼は、何の言い訳もせずにすました顔をしているだけなんだろうけど……。
「どうして、そんなにベッドにこだわるんだろう。」
よく考えてみれば、からみ合ってる時をのぞいて、つまり、ベッド本来の目的であろう睡眠という観点で、僕は彼のベッドで寝たことがないのだ。
「どんな感じがするのかなあ……。」
ベッドに嫉妬したわけじゃないけど、何となく、彼の寝心地を確かめたくて、ちょっと後ろめたいような気持ちを感じながら、彼のベッドにもぐり込んでみた。
「うふふ……。」
彼の枕に顔を埋めて、きっとこれが彼の匂いなんだなあ、なんて思ってるんだから、我ながら変態だ。
そう、確かに、彼は、普通の僕、っていうのには全く無関心だけど、バツが悪いときの僕、っていうのには、ひょっとしたら大いに関心を持ってくれているのかもしれない。だいたい、それでなきゃ、どうして、
「何やってるんだ?」
僕が彼の枕に顔を埋めて悶えている時なんかに彼が寝室に入ってきたりするんだろう?
「え?!」
僕は赤面もいいところなんだけど、もっと赤面してしまうことに、
「枕でよだれを拭いちゃ駄目だぞ。」
なんてくすくす笑いながら、のそのそと部屋を出て行って、また本の続きにもどってしまった。そんなこんなで、びっくりしてしまって、結局、彼の枕がどんな匂いなのかなんてわからないままだった。
「よだれなんか、拭いてないんだからな。」
隣の部屋のロッキングチェアに腰かけていかがわしい本を読んでいるに違いない彼に、そう叫んでみたけれど、きっと彼は、ちょっと苦笑してみせただけなのだろう。
ダイニングテーブルの上のビンの中にちょっぴり残っているはずのシードルが心残りではあったけれども、何となくバツが悪くて寝室から出ていく気になれなかった。それで子供じみていて我ながら情けないんだけれども、彼のベッドにころがり込むと、ふて寝をすることにしてしまった、というわけなのだ。もっとも、本当に眠ってしまうつもりじゃなくて、適当なだけ、自分で納得できるだけの時間、ベッドの中でいじいじといじけてから、しらんぷりで残りのシードルを飲みに行くつもりだった。それに、もしかしたら、彼が、もう一度、僕の様子をのぞきに来てくれるんじゃないかな、なんて、非常に甘い期待もあったりして……。
「困ったもんだ……。」
いまだに彼にかまってもらいたくて仕方ないんだから、いったいいつになったら、僕は、ガキじゃなくなるんだろう。
ダブルベッド
日曜日, 11月 1, 1987