ダブルベッド

日曜日, 11月 1, 1987

 本当に、眠っちゃうつもりなんかなかったんだけど、疲れてたのか何なのか、いつのまにかうとうとしてて、はっ、と気がついたら、隣の僕のベッドに彼が寝ころんで、例の如く本を読んでいた。
「あれ?」
もちろん、そんなことは望むべくもないんだろうけど、僕が眠っている間、彼がずっと僕の寝顔を見守ってくれてて、僕が目を覚ましそうになったのであわてて本を読むふりをしてた、んだったらいんだけどなあ。
「どうしてそんなところにいるの?」
それなのに、現実の彼は、目を覚ました僕が声をかけても半分以上、うわの空で、
「自分のベッドを占領されてちゃ、仕方ないだろ?」
なんて、相変わらずいかがわしい本に没頭しているのだ。
 でも、ベッドに寝ころんだ状態で彼が本を読むなんて珍しいことだし、
「風呂は……?」
もうパジャマを着ちゃってる、ということは、
「入った。」
完全に寝る態勢だから、いつもなら、
「もう寝よう。」
と本を閉じてしまってからの状況のはずなのだ。
「シードルが残ってなかった?」
僕って、きっと、自分で思っているよりは、ずっと食い意地が汚いに違いない。
「飲んじゃったよ。」
だいたいがそんなにたくさん入ってるわけじゃないビンなんだから、残ってた、と言っても少しなのに、それでもなんだか損をしたような気持ちがするなんて、我ながらあきれてしまう。
「もう一本、持って来てやろうか?」
そんな僕の気持ちを見透かしたように彼がそう言うので、僕は、思わず赤面してしまった。
 何となく悪いことを言ってしまったような気がして、それを誤魔化すために、
「そうだ、晩メシの後かたづけを……。」
なんて、急に思いついたように言ってみた。そうしたら、
「もう、かたづけちゃったよ。」
彼が、あたりまえ、みたいな口調で言うもんだから、情けないことに、僕は、もう一度ふて寝せざるを得ない状況に追い込まれてしまったのだ。
「もう起きてこないだろうと思ったから、適当にやっちゃったよ。」
適当、なんて言ったって、僕なんかがやるより、よっぽど小ぎれいだったりするんだけど……。
「起こしてくれればよかったのに……。」
彼の立場にしてみれば、寝起きの悪い僕をベッドから引きずり出して後かたづけをやらせるより、自分でさっさとやっちゃったほうが、よっぱど手っとり早くてそのうえきれいにかたづけられる。なんていうことはよくわかってたけど、ついつい、そんなことを言ってしまった。
「よく眠ってたから、起こしちゃかわいそうだと思ったんだ。」
ひょっとしたら、彼に寝顔をのぞき込まれたかもしれないと思うと、なんだかくすぐったくなってしまう。
 彼は読みかけの本にていねいにしおりをはさむと、なんだかんだでサイドテーブルがわりになってしまっているチェストの上に置いた。
「なんだか知らないけど、今日は、よっぽど疲れるようなことでもやったんじゃないのか?」
枕に顔を半分埋めている僕の顔をのぞき込んで、彼は、いたずらっぽく笑った。
「え?!」
冗談だとはわかっていても、一瞬、ドキ、としてしまう。
「よだれがどうしたこうした、って叫んでたから、いったいどうなっちゃったのかと思って見に来てみたら、もうすやすや眠っちゃってるんだ。」
うそだろ?
「ひょっとしたら、あれは、寝言だったのか?」
僕って、そんなに寝つきが良かったのかなあ。
「そんなにすぐ眠ってないよ。」
ちょっとばかり恥ずかしくて、僕は、むきになってしまった。
「だって、それからずっと、ここで本を読んでたんだぞ。」
彼はニヤニヤしてるけど、それじゃあ、風呂とか、メシの後かたづけとかは、どうなっちゃうの?
 どっちにしても、僕の眠ってる横で、彼がいい加減、長い時間、本を読んでたことは本当のことみたいで、
「嫌だなあ……。」
相変わらず素直じゃない僕は、彼に背を向けてみせた。
「だって、仕方ないだろ?ベッドを占領されちゃったら、寝られないじゃないか。」
理由はともかく、彼がずっと横にいてくれたのに、僕はぐっすり眠っちゃってて、それに気がつかなかった、っていうことが残念だった。
「寝顔を見ててくれるんなら……、いつもこのベッドで寝ようかな。」
いくぶん露出趣味に走っている前半の部分は、彼には聞こえないようにつぶやいただけだったから、
「なんだ、そのベッドが気に入っちゃったのか?」
やっぱり彼は誤解してくれた。
「このベッドで眠っちゃ、駄目?」
ついうとうとしてしまったのは、きっと、彼のベッドだったからだ、と思い込むのは少女趣味かなあ。
「好きにしろよ。」
僕の我がままに、あきらめたような彼の言葉の苦笑が、なんだかうれしかった。
 気が向くといつもそうするように、彼は、ほんのかすかな音で彼のお気に入りの音楽を響かせてから、
「消すぞ……?」
部屋を暗くした。カーテンのすき間から街灯だか月の光だかが侵入してきて、部屋の中の暗さを教えてくれる。もし、隣のベッドに彼のいることがわかっていなければ、ひょっとしたら、泣いてみたくなったりするかもしれない。
「……。」
シーツとパジャマの布の擦れる音といっしょに、僕のベッドのほうから体温がゆっくりと近づいて来て、
「このベッドで寝てもいいけど、そのかわり、一晩中いっしょだぞ。」
耳たぶに彼の息が当たるのがわかった。
「嫌だ……。」
僕は、本能的に体を縮めて、彼の体温から逃れようとした。
 もちろん、『嫌だ』なんてわけはなくて、ただ単に、彼の息が耳にくすぐったかっただけなんだけど、
「いまさら逃げようったって、そうはいかないぞ。」
荒々しいぐらいの力で、彼の胸の中に抱き寄せられてしまった。
「駄目……。」
僕は、身をよじって抵抗しようとしたけど、そうすると今度は、両肩をベッドに押さえつけられて、
「……。」
それ以上、何も言えなくされてしまった。彼は、キスだって、僕なんかよりもずっと上手くて、すぐに大人しくさせられてしまう。
「時々、本当に素直じゃないんだからな。」
彼は僕をやっと解放してくれると、今度は、僕の頭を押さえて、僕の耳の中にささやいた。それだって、僕が、ビクッ、と反応してしまうのを知ってそういうことをするのだ。
「いつも放っておかれてるから、素直じゃなくなっちゃうんだ。」
彼の指が僕の首筋を撫でるのに全身を緊張させて耐えながらも、口ではそういうことを言うんだから、素直じゃない、と言われても仕方がないんだろうなあ。