ルームメイト 4

水曜日, 10月 18, 1989

 本当に酒を飲むためだけに存在するような店に彼を連れ込んでから、
「名前は……?」
なんて聞いてるんだから、我ながら、大したもんだと思う。
「健司……。」
もう少し子供かと思っていたけど、意外にしっかりしていそうなのでなんとなく安心したりする。
「『幸介』でなくて良かった。」
そう思っているのは、きっと俺だけじゃないな。彼は、俺がほっとしているのを見て、少し笑いながら、
「名前がどうかしたんですか。」
俺の方に顔を向けた。
「いや、いい名前だな、と思って……。」
不意をつかれて俺の言い訳は苦しくなる。余裕たっぷりの彼は、
「何か思い出があるんですか?」
なかなか鋭かったりして、
「別に……。」
思わずたじたじとなってしまったりする。

 今日は体調がまあまあだから、それなりに酔っていたりする。
「君は酒が強そうだね。」
酔わせてどうにかしてしまおうという気もないではないけど、たぶん、そんな努力をしなくてもなんとかなりそうな気がするのは、単なる俺の自信過剰かなあ。
「そんなこともないんですよ……。ただ、あんまり顔に出ないから……。」
若い子は素直でいいなあ。なんて、年下の子といるとどうしてこうおじんくさい発想しかできないんだろう。
「君、まだ学生?」
尋問してどうするんだ、っていう気もしないではないけど、やっぱり適当な話題が見つからないもんだから、ついこういう話題に頼ってしまう。
「学生に見えませんか?」
こういう言い方をするところが、わりとかわいくなかったりするんだけど、俺には彼が学生に見えるから、きっと彼は学生なんだろう。
「さあ……。」
仕方がないから、苦笑するふりをして少し薄くなってしまった水割りを飲む。

 でも、こんなふうに奴以外のちゃんとした(!)男と一緒に酒を飲むなんていうのは、恐ろしく久しぶりのような気がする。
「奴と違って男をひっかけてるヒマなんかないもんなあ。」
でも、きっとそれは単なる言い訳で、本当のところ、最近は自分と奴以外に対してなんだか臆病になっているからなのだろう。
「誰かとつきあうのなんかめんどうくさいだけだ。」
そのくせ、『日々の欲求』の解消にも消極的なもんだから、欲求不満だけが残っていってしまう。
「これからどうしようか。」
ちょっとこれだけ直接的な言い方もないと思うけど、しばらく誰かを誘うなんていうことをしていないから、どうしてもぎこちなくなってしまう。
「どうって……?」
すぐそうやってわからないふりをするのは、男の子の悪い癖だ。
「俺の部屋に来ないか?」
しようがないから、おじさんらしい誘い方をしてみる。
「いいんですか?」
彼はいたずらっぽく笑いながらも、ちょっとぎこちない。
「うん。」
だから、俺が誰かと同居しているなんていうことは口に出さずに飲み込んでしまう。

 少しだけ彼の太腿と触れている俺の膝頭が暖かい。だからというわけでもないけど、こいつの抱き心地はきっといいだろうな、と想像してしまう。俺が年下の男にも興味があるのは、きっと、彼らの抱き心地に興味を抱いているせいに違いない。
「……。」
何となく会話が途切れて、自分が発情してしまっているのがわかる。彼の太腿と触れている膝にちょっとだけ力をいれてみる。
「……。」
俺の膝を避けるかわりに、彼は、不思議そうな目付きで俺の方を見た。
「帰ろうか。」
少しだけ残った水割りを俺が飲み干すと、彼は、
「……。」
黙ってうなずいた。

 それで、思わず笑ってしまったのは、電車に乗ろうとして駅の方へ歩いていくと、
「あれ?!本当に部屋に連れて行ってくれるつもりなんですか?」
なんてまじな顔で俺の腕をつかむのだ。
「そうだよ。」
俺はポーカフェイスでうなずきながら、
「いったいこいつはいままでどういう類の男と遊んできたんだろう。」
悩んでしまった。
「てっきりラブホテルだと思ってた。」
彼の独り言にも似たその台詞は聞こえなかったふりで、俺は、彼を自分の腕にぶら下げたまま駅への道を急ぐことにした。