ルームメイト 5

水曜日, 10月 18, 1989

 期待した通りに彼の体は、俺のお気に入りのクマのぬいぐるみと同じくらい抱き心地が良かった。特に、彼の尻は、締まった筋肉が適当に盛り上がっていて、こういう尻って大好きだ。
「おまえの尻って触り心地がいいな。」
俺が、彼の耳たぶをなめながらそういうと、彼は、
「……よく言われるんだ。」
俺の背中に回した腕を、自分の方に引き寄せた。
「いつか、『お前の尻に惚れたんだ』なんて言われたこともあるよ。」
つくづく、こいつは、ろくでもない男とつきあってたんだろう。
「それはちょっとひどくないか?」
そうしたら、彼はちょっと笑って、
「よく言われるから、慣れちゃった。」
俺の肩に頭を寄せてきた。
「高校生の時に友達と風呂なんか入っていて、『お前の尻って色っぽいなあ。』とか言われた。」
まあ、そういうことを言った『友達』の気持ちも十分理解できてしまうくらい彼の尻はかわいいのだ。

 なんだかんだで、俺が平和に彼の尻の感じを楽しんでいたら、
「知らなかったと思うけど、僕、ここに何回か来たことあるんですよ。」
彼は、俺の腕の中にすっぽりおさまったままでいきなり爆弾発言をした。
「え?!」
俺が思わず彼の尻を、ぎゅっ、と握ると、彼はくすくす笑って、
「玄関を入ったところにあるあのペンギンが相変わらずで、すごくなつかしかった。」
そういうシチュエーションにも関わらず、平気で俺に抱かれていたという彼の順応性を、いったいどう解釈するべきなのか、俺は考え込んでしう。
「……。」
そんな俺を見透かしたように、
「こっち側の部屋に住んでいる人はいったいどんな人なんだろう、っていつも思ってた。」
俺のことをからかってみせる。
「ふーん。」
俺は言うべき言葉が見つからなくて、相変わらず彼の尻の感触に夢中なふりをしているしかなかった。

 いつも、俺は、奴に客が来てるときは、できるだけ遠慮してやってたから、ひょっとしたら彼の靴を見たことがあるかもしれないけど、もしあったとしてもそれだけのことだ。今日の『幸介』君みたいに、奴の部屋の中まで押し入ってしまう、なんていうことをいつもやっているわけじゃない。
「じゃあ、こいつはいったいどの靴の持ち主だったのだろう。」
ひょっとして、玄関に脱いだままになってる彼の靴を奴が見たら、俺のところにこいつが来てるのに気づくだろうか。
「奴にそんなデリカシーがあるわけないよな。」
俺が考え込んでいると、
「何を考えているんですか?」
腕の中にいた彼が、俺のキスをねだった。
「お前のこのかわいい尻のこと……。」
冗談でなんとか誤魔化そうとしたんだけど、
「だいじょうぶですよ、隣の人とはもう何の交渉もないんだから……。」
本当に生意気な奴だ。もっとも、その生意気さも、無理しちゃって、という感じなので、かえってかわいく感じてしまったりする。

 だから、ちょっと意地の悪いことを言って、困らせてみたいなんていうことを思ってしまうのかもしれない。
「遊びだったんだ、っていうやつか?」
正直に言ってみな。
「……だって、男同士で遊びじゃないのなんか、あり得ないよ。」
それはまあ、そうだけど、そういう台詞っていうのは君みたいな、いたいけな少年が口にするべきもんじゃないと思うんだけどな。
「おまえ、誰かとつきあったりしたことないだろ……。」
俺は、こんな男の子とマジでつきあったりした奴の顔が見たい。
「……。」
彼はくすくす笑って、俺の憤慨を面白がっている。
「本当にかわいげのない奴だ。」
でも、俺がこいつぐらいの頃に、『かわいい』と言われることにそんなに価値観を見いだしただろうか?
「俺も、年くったのかなあ……。」
なんとなく考え込んでしまったりする。

 ちょっと寝ただけで相手に感情移入してしまうのは、俺の悪い癖なんだけど、わかってはいても、こういう奴をそのままにしておけないような気がしてしまう。
「今、誰かとつきあってるのか?」
彼の目をのぞき込みながら、俺がまじめに尋ねてるのに、
「冗談でしょ。誰かとつきあってたら、こんなところに来たりしないよ。」
『つきあってない』と言えばいいのに、素直じゃない奴だ。
「こんなところで悪かったな。」
俺がぎゅうっと抱きしめてやると、彼は俺の胸に顔を埋めて、やっぱりそんなところは少年っぽかったりする。
「俺じゃ不満か?」
首筋のあたりをなめてやると、彼は、びくん、と体を震わせた。
「不満じゃないけど……。」
不満じゃないけど、満足でもない訳か。
「……。」
結局、それ以上言ってみても無駄らしいことに、やっと俺は気づいて、『男同士で遊びじゃないのなんかあり得ない』という彼の言葉に、いまさらながら納得していた。