ルームメイト 7

水曜日, 10月 18, 1989

 結局、俺は、奴の作った飯を食って、風呂に入って、いつもの日曜日みたいだった。
「入るぞ……。」
奴のちょっとセクシーなバスが響いて、俺の部屋のドアが開いた。
「いいか?」
これが意外と、奴はこういうことに関しては、俺がびっくりするくらいデリカシーにあふれていて、もし、仮にここで俺が返事をしなかったら、奴は、『ごめん、悪かったな……』かなんか言いながら、俺の部屋には絶対入ってこないのだ。俺なんか、少しくらい奴が迷惑そうな顔をしていても、平気で奴のベッドを占領してしまったりするんだけど……。
「いいよ。」
奴は、俺のベッドに座り込んでから、
「なんだ、もう寝るところだったのか?」
俺のパジャマ姿にはじめて気がついたような言い方をした。

 風呂上がりだからパジャマな訳で、まだそんなに急いで寝るつもりじゃなくて、もうちょっと本でも読んでいようかとは思っているんだけど、そういうことをどういう風に説明すればいいのか、俺が言うべき言葉を探していると、
「たまには、いっしょに寝ようぜ。」
なんて、奴は、理解に苦しむようなことを言い出した。
「本気かよ。」
あっけにとられてる俺を無視して、奴はさっさと俺のベッドにもぐり込んでしまう。
「おい……。」
あー、とか、うー、とか、俺は焦ってみたんだけど、雰囲気的に、奴は真剣に俺のベッドで寝るつもりらしいので、仕方がないから俺も奴といっしょに寝る決心を固めることにした。

 それで、読みかけていた本をあきらめて、しおりをはさもうとしていると、
「おまえも早く寝ろよ。明るいと、俺、眠れないんだ。」
自分勝手な奴だ、と、ぶつぶつ言いながらも、結局は奴の隣にもぐり込むことになる。でも、奴がベッドの真ん中に、どてっ、と横になっていて俺の寝る場所が残っていない。
「俺の寝る場所がないだろ?」
奴は、しぶしぶ壁の方に体をずらす。
「もうちょっと寄ってくれよ。」
本当に自分勝手な奴だから、
「これだけ空いてれば充分じゃないか。」
譲り合いの精神なんて、これっぽっちも理解しようとしない。
「……。」
結局、実力行使で、奴の体を無理矢理押しやって、なんとかかんとか俺は奴と同じ布団にくるまった。

 奴の体に触れている太腿のあたりが、ぼんやりと暖かい。そして、やけに、その暖かさがうれしかったりする。俺は、ちょっと勇気を出して、足を奴の下腹部に乗せてみた。ふくらはぎに当たる感触が、それとなく堅くて熱い。
「重いよ。」
奴は、そう言いながらも、そんなに迷惑そうではなく、腹筋をひくんとさせてみたりする。俺は、なんだかうれしくなって、
「俺、おまえみたいな男が欲しいな……。」
恐ろしく大胆なことを言ってしまう。
「……。」
奴は、苦笑して、
「よせよ……。」
なんて言いながら、俺の手を握ってくれたりする。
「やっぱり、ときどき励ましてくれる人が欲しくなるよな。」
もちろん、肉体的にも、精神的にも、両方だけど……。でも、『肉体的に励ます』って、どういうことなんだろう。自分の台詞に素朴な疑問を抱いてしまったりする。
「俺なんか、そんなのいなくても平気だぜ。」
平気な奴が、俺のベッドを侵略したりするのかよ。

 奴の胸に置いた俺の手が、奴の呼吸に合わせて上下している。
「昨日の奴さ……。」
奴に話しているつもりなのに、俺の声が、まるで、独り言みたいに響くのが不思議だった。
「わけのわからない男を連れ込むなよな。」
自分だってしっかり連れ込んでたくせに、こういうことを言うんだから……。
「ここに何回か来たことあるんだってさ。」
奴は、やっぱり気がついてたんだろうか?
「それで……?」
奴の声は、そっけなかった。
「それで、って……。」
こんなことを、どう言えばいいんだろう。
「おまえの使い古しだったってことだよ。」
あー、我ながら恐ろしい表現をしてしまった。
「おまえも俺のことをなんだかんだ言う割には、結構ひどいことを言うなあ。」
ひどいのは『使い古した』おまえの方だろ!……なんて、思わず興奮してしまう自分が情けない。

 奴がゆっくり寝返りをうって、ぎこちなく俺の肩を抱いてくれる。
「やるか?」
俺は柄にもなく、ちょっと緊張してしまう。
「別にいい。こうやって、誰かに抱いていてもらえれば……。」
奴に『肉体的に励ま』してもらいたいわけじゃない。もちろん、奴の体に興奮してないわけじゃなくて、俺の方もそれなりにそれなりの状態だったりして、きっと奴にもその堅さはわかっていると思う。
「おまえと知り合えた、ということだけでも、充分、満足するべきなんじゃないかと思う。」
こんな言い方は、らしくないだろうか?
「そうか。」
奴のキスは優しくて、nightcapには甘すぎるくらいだった。