僕のテディ・ベア -A

木曜日, 10月 31, 1985

  たぶん、こんな質問を、いくつ重ねたって無駄なんだろうけど、
「どうして、あいつと、暮らすの?」
聞き分けのない子供のように、僕の疑問は、満たされることがない。
「俺も、もう、一人でいるのに、飽きちゃったんだ。」
ちょっと困ったような表情になりながら、それでも、彼は、根気よく、僕を説得しようと試みてくれる。
「飽きちゃった、なんて……。」
そのくせ、僕も、
「どうして、僕と、じゃないの?」
とは、言わない。彼も、それがわかっているから、
「知も、もう、いい加減に、誰かとつきあうことを考えたら、どうだ……?」
俺とつき合ったらどうだ、なんてことは、間違っても言ってくれない。
  彼が、間違ってくれないことが不満なのか『いい加減に』なんて言われたことが、カチン、ときたのか、
「僕、もう、男なんて、いらないんだ。」
なんて、そっぽを向いてみせる。こういうところが、いつまでたっても、我ながら、子供なんだけれど、
「……。」
本当のところは、彼の苦笑いが、見たいからだったりして……。余計、子供だなあ。
「いいなあ……。」
彼が、うらやましい、という意味でもあるし、彼の相手が、うらやましい、という意味でもある。
「何が……?」
それとも、彼の相手にあるもの、僕にはあり得ないもの、を、理解することができないもどかしさだろうか。
  わかってはいるんだけど、どうしても、疑問符の付いた言葉しか思いつかない。
「本当に、あいつと暮らすことに、決めちゃったの?」
彼は、仕方ないな、という表情で、少し笑って、
「俺が、あいつと暮らすのは、無理だと思うか?」
それでも、僕にはない余裕を匂わせる疑問符を、ゆっくりとつぶやいた。
「さあ……。僕には、そこまでコメントできないけど……。」
彼の疑問符に返事ができない、ということは、僕自身の疑問に対しても、言い訳すら思いつかない、ということなのだ。
「知も、寂しいときがあるだろう?」
だから、彼の言葉が、単なるこじつけに過ぎない、と感づいていても、
「やっぱり、僕は、一人でいるほうが、気楽でいいな。」
それに、根拠を与えるわけにはいかない。
  僕は、ゆっくり深呼吸して、触れないわけにはいかない、たった一言の質問を口にする勇気を思い出す。
「待ち合わせ?」
答えを聞かなくてもいいことをわかっているくせに、僕は、首を傾げてみせ、
「……うん。」
答えを言わなくてもいいことを知っているくせに、彼は、憎らしくも、ちょっとはにかんでみせたりする。
「いいなあ……。」
顔をしかめてみせながら、今度は、彼に聞こえないように、口の中でつぶやくだけにする。
「じゃあ、僕は、そろそろ……。」
独身主義者がうろちょろしてちゃ、御邪魔でしょうから、とかなんとか、心の中で悪態をつきながら、僕は立ち上がろうとする。
「あれ、もう行っちゃうのか?」
彼が、もう少し、僕を、説得してみたそうなのが、唯一の救いのような気がする。
  誰が、どんなふうに暮らそうと、僕の知ったことじゃないし、そのことで、僕が特別の感慨を抱くべき筋合いのものでもないと思う。
「うん、明日、ちょっと用があって、早く起きなきゃいけないから……。」
まあ、もっとも、その割りには、やけに彼にからんでしまったし、実際、内心、穏やかじゃないのも事実なのだ。
「そうか……。」
思わず赤面してしまっている僕に気づいたのか、僕がいなくなってしまうことに、ホッ、としたのか、彼も、それ以上引きとめようという気にはならないらしかった。
「じゃあ、……がんばって。」
僕は、あいまいに笑い、ちょっと、彼に、手を振ってみせた。
「気をつけて帰れよ。」
僕にあり得ないのは、こういう笑顔なのかもしれないな、と、僕は、彼の笑顔に、一方的にいらいらしていた。