僕のテディ・ベア -B

木曜日, 10月 31, 1985

  夜更けの表通りというのは、どうしようもなく味気なくて、早々と酔っ払った連中だけが大手を振って千鳥足なものだから、素面なんかじゃ恥ずかしくて歩けない、だから、もう少し酔っ払い諸氏を見習うべく、僕の足は帰り道とは反対方向に向かってしまう。
「いらっしゃい……。」
酒だけを飲みたいときは、やっぱり、無愛想なマスターの店のほうが居心地がいい。
「誰が無愛想だって……?」
グラスをせっせと拭きながら、じろっ、と、僕の方をにらむ。
「聞こえてた?」
ふん。みんな、自分の悪口だけは、よく聞こえるんだから、嫌になってしまう。
「ちゃんと、知の愚痴だって、聞いてやってるだろう?」
聞き流してる、の間違いじゃないかと思うんだけど……。
「今日は、いつも以上に素直じゃないなあ……。」
そう言いながら、マスターは、わざとらしく僕のボトルにかぶったほこりを、ふうっ、と吹き払う。まったく、一週間前に来たばっかりだろ。
「その言い方だと、僕は、いつも素直じゃないみたいじゃないか。」
愛想が悪いだけじゃなくて、口まで悪いとは知らなかった。
「なんだ、今頃、気づいたのか。」
どうせ、僕は、鈍感だよ。
「ついでに馬鹿で……。」
そこまで言うことないと思うんだよね。これでも、本人は、多少なりとも気にしてるんだから。
「わかった、わかった。すねないで。ほら、水割りでいいんだろ?」
マスターなんか、しっかり、自分の分まで作っちゃって、飲んでるんだもんなあ。
「さすが、経営者だね。」
皮肉の一つも言ってやるんだけど、何を勘違いしてるのか、
「俺は、これが仕事だからね。」
なんて、全然、わかってない。僕は、マスターのことを、ほめたわけじゃ、決して、ないんだ。
  それでも、やっぱり、水割りだけじゃ、ため息が出てしまう。
「どうした、ため息なんかついて。」
人が真剣にめげてるのに、ニヤニヤすることないだろう。
「あんまり、つまんない店だから、ため息が出ちゃう……。」
もっとも、今は、ぎゃあぎゃあ馬鹿騒ぎをしたい気分じゃないけれど。
「ウチは、大人の雰囲気で売ってる店だから、ガキの知には、ちょっと合わないかもしれないなあ。」
あー、そうかよ。勝手にしてくれ。
「本当に、勝手にしていいのか?」
な、何を考えてるんだよ。
「知みたいなガキでも、それなりにいいかもしれないな。」
ふん、年上しか駄目なくせに、笑わせるよ、まったく。
「それよりさ、マスター。彼が、一緒に暮らすんだって……。」
我ながら、未練がましい、かな。
「それで……?」
それで、って……。
「それだけだけど。」
てんで、冷たいんだから。
「そのうち、すぐ別れるよ。」
そういう問題じゃないだろう。
「彼がうらやましけりゃ、知だって、さっさと男でも何でも見つけて、一緒に暮らせばいいじゃないか。」
そんなに、ホイホイ、男が見つかるんなら、僕だってこんなに苦労しないよ。
  僕のいらいらにうすうす感づいてるくせに、こういう時だけ、知らんぷりなのだ。
「もうちょっと、親身になってくれたっていいだろ?」
それが客商売っていうもんじゃないの?
「残念ながら、無愛想な店だからな。」
こうだもんなあ。
「めげない、めげない。」
そりゃ、このくらいのことなら、慣れてるけど……。
「あーあ……。」
なんだか憂うつになってしまう。
「……。」
ゆっくりと水割りの残りを飲み干して、マスターにおかわりを請求する。
「それにしても……。」
無造作にグラスの中に放り込まれる氷の、カチン、という音がいい。
「横から見てると、知も、ずいぶん不器用だなあ。」
今日はなんだか珍しく相手になってくれるのがうれしくて、マスターの批評を大人しく聞く気になる。