僕のテディ・ベア -C

木曜日, 10月 31, 1985

  もう、いい加減あきらめちゃって、たいして何とも思わないけど、それでも、
「知は、酔っ払うと、男だったら何でもいいんだから。」
なんていう台詞には、一応、反論するようにしている。
「僕、そんなに酔ってないよ。」
もっとも、反論しきれないところが、我ながら、困ったところなんだけれど……。
「酔ってないのに、俺の部屋に泊まっていくのか?」
あー、そういう言い方して。僕は、まだ飲んでるつもりだったのに。
「酔っ払って帰るのが面倒くさくなると、俺の部屋に泊まってくんだから……。」
それは、確かにそうだけど。
「今日は、店もヒマだったから、まあ、いいか。」
ふん、いつもヒマな店のくせに。早く閉めちゃうのを、僕のせいにするんだから……。
「ぐちゃぐちゃ言ってないで、寝るんならさっさと寝ろよ。」
わかったよ。寝ればいいんでしょう?
  マスターなんか、このへんのことが全然分かってないんだけど、
「腕枕が欲しい……。」
酔っ払っちゃうと、素面じゃとても恥ずかしくて言えないようなことも、平気で言っちゃうのだ。
「またか?」
だって、これだけが楽しみで……。
「ほら……。」
もちろん、どう間違ったって、マスターは僕の趣味じゃないし、マスターだって、僕のことを、ほんのガキぐらいにしか思っちゃいないのだ。
「うれしいな……。」
そんなふうに、色気がからまないから、余計腕枕がうれしかったりする。
「ついでに子守歌でも歌ってやろうか?」
さすがに、僕も、こんな趣味の悪い冗談は無視するけど。
「おやすみ……。」
なんだか安心できるのは、マスターの腕枕だからだ。
  ごそっ、とマスターの体が動いて、僕は、自分がうとうとしていたことに気づいた。
「もう眠っちゃった……?」
マスターの声がびっくりするぐらい近くて、わけもなくドキドキしてしまったりする。
「ううん、まだ……。」
それでも、僕は、もう夢現で、自分で言っている言葉もはっきりしない。
「ふう……。」
マスターのため息がやけに疲れているから、僕は、
「マスターは、誰かとつき合わないの?」
なんだか悲しくなってしまう。
「うん……?」
もちろん、それは、マスターに対する質問なんかじゃなくて、満たされることのない、自分自身の疑問への、実に逆説的なこじつけなのに違いない。
「そういう知自身は?」
だから、
「マスターが男を見つけたら、僕も、がんばって男を見つけるよ。」
僕の返事は、さっきの僕の質問の裏返しでしかない。
  もう一度、マスターが、ごそっ、と動いて僕の腕枕が取り上げられてしまった。
「でも、知と彼は、ちゃんとできてると思ってたんだけどなあ。」
それが、中年の浅はかさというものなんですよ。
「誰が中年なんだ?」
マスターのことだとは言ってないよ。
「本当に、できてなかったのか?」
そうなんですよ、実に残念なことに。
「彼は、もっと素直で純情な少年のほうがいいんだってさ。」
逞しい肩にもたれるだけなら、僕にだってできるし、その逞しい肩の持ち主が彼だろうとマスターだろうと、僕の知ったことじゃない。
「そうかなあ。」
もっとも、彼の肩にもたれかかるなんて、やっぱり気恥ずかしい。ましてや、こんなふうに肩に頭をもたせかけてうとうとするなんて、酔っ払ってでもなけりゃ、とうていできないんだろうけど……。
  眠気と共に、ちょっぴり寂しい理性が、僕の頭の中にひらめいて、
「でも、彼だって、知のことを、いけないはずないんだけどなあ。」
というマスターの慰めも、あくびに変わってしまう。
「きっと、僕があんまりかわい過ぎたんだ。」
そんな冗談をもぐもぐ言ってる間に、
「知も、好きなら好きで、はっきりトライしてみたらいいのに。」
なんていうマスターの声と、自分の寝息の音との区別が付かなくなってしまう。
「そんなダサイこと、彼に面と向かって言えるわけないだろう?」
僕は、そう反論したかったんだけれど、
「ん!?」
なんて、マスターが言ってたところをみると、きっと、寝言にさえ、なってなかったのに違いない。
「第一、もしトライしてみて駄目だったら、誰が、この純情少年の傷ついた心の責任をとってくれるんだよ。」
似非純情少年じゃなくて、本当の純情少年になりたかった。