想い草 3

金曜日, 9月 30, 1983

 約束通り、送ってくれようとするところが、良ちゃんのいいところなわけなんだけれども、
「でもさ、いいな、なんて思っただけで、寝ちゃう、ってのは、あんまりよくないと思うけどなあ。」
歩きながら、突然、そんな話をするから、びっくりしてしまう。
「え、何のこと?!」
僕の場合、良ちゃんの横を歩いてるということだけで、有頂天になっちゃってるから、なおさら言ってることの意味が理解できなくて、きょとんとしてしまったりする。
「もっと自分を大切にしなくちゃ駄目だよ。」
その、あまりに陳腐な台詞が、良ちゃんらしくて、僕は吹き出しそうになるのをこらえるのに苦労した。
「僕、そんなに自分を粗末にしてるわけじゃによ。」
なんとなく反抗的になってしまったりする。
「それならいいんだけど……。」
僕の口調がきつすぎたかなあ。
 でも、誰かといっしょに寝たから、って、それで、どうかなっちゃう、というようなもんじゃないと思う。
「一晩ぐらい、いっしょの布団に寝たって、減るもんじゃないんだし、どうってことないと思うけど……。」
もっとも、こういう考え方ってのは、十分に反社会的なのかもしれないけど……。
「え?!」
やっぱり、良ちゃんにとっては、ちょっと過激だったかな。
「淫乱とかそういうんじゃなくてさ、ただ、なんていうか、セックスなんて、そんなに重要な要素じゃないと思うんだ。」
わざわざ『淫乱じゃない』なんて言い訳しなきゃならないところが、実は、怪しかったりする。
「わりと、すごいこと、平気で言うんだなあ、知くんは……。」
そんなふうに感心してもらっても困っちゃうんだけど……。
 だいたいにおいて、寝たい、と思う相手はたくさんいるけど、本当に『いいな』って思える人は、少ないと思う。
「たった一晩いっしょにいただけで、相手のことを、全部わかったような顔をしちゃう人がいるでしょう?」
それとも、良ちゃんは、そんな経験がないのか、あんまりわかったような表情じゃなかったりする。
「一晩、抱いただけで、もう、おまえは俺のもの、って顔されると、馬鹿にされてるような気がする……でしょう?」
良ちゃんなんか、そうかなあ、とかつぶやきながら、恐ろしいことに、僕の肩に腕を回してきた。
「ちょっと気にしすぎじゃないのかなあ、知くんの場合は。」
何気ないふうで肩を抱いてくれたりするから、内心うれしくて仕方ないんだけど、僕は、もう、せき払いしかできなくなってしまうのだ。
 残念なことに、と言うべきか、それとも、幸い、と言うべきかよくわからないけど、良ちゃんの車を駐車してあったところに来たので、僕は、良ちゃんの腕から解放されることになった。
「いつも、こんなとこに車を置いてるの?」
どう考えたって、これは、立派な路上駐車だと思う。
「今日は、車で出張だったから、特別なんだ。いつもは、車なんかで飲みに来たりしないよ。」
駐車違反の罰金だって、馬鹿にならないのに、意外と楽天的なとこもあったりするんだなあ、と、良ちゃんの知らなかった一面を発見してうれしくなってしまう。
「酔っぱらい運転でつかまっても、知らないよ。」
僕がちょっと心配になってそう言うと、良ちゃんは、苦笑して、
「そのときは、知くんに、無理矢理、飲まされた、って言うよ。」
ひどいよ、それは。
「あー、僕は、良ちゃんに飲ませたりなんかしてないよ。」
慎重な加速に、シートへもたれかかりながら、僕は、ちょっと酔っぱらってる自分を再認識してたりする。
 で、お決まりのように、うとうとしたりなんかしてると、突然の、良ちゃんの強引な発言に驚かされてしまったりする。
「知くん、寝てるの?」
確かに、夢現の状態ではある。
「なんなら、俺のとこに泊まっていけよ。」
え?!
「そうすれば、俺も、知くんを送っていく手間がはぶけるしさ。」
こういう理由ってのは、ひどいと思うんだよね。だって、良ちゃんだよ、送っていってやる、って言ったのは……。
「いいの……?」
でも、不純な僕は、喜んで泊まっちゃったりするのだ。
「もちろん……。」
ポーカーフェイスの良ちゃんは、それ以上、何も言わない。
「……。」
事態を冷静に分析する必要性は十分感じるんだけど、肝心の頭の中が、アルコールで混乱をきたしているので、結局、深く考えずに成り行きに任せてしまうことになる。