斉藤さんのこと

金曜日, 5月 28, 2004

まさか、と思ったのは、初めてそういう類の掲示板で斉藤さんの画像を見たときのことで、もちろん、顔がそのまま写ってる訳じゃなくて、斜め後ろから、でも、微妙に尻の割れ目まで見えてるようなセクシーショットだったんだけど、俺は、直感的に、
『これって、斉藤さんでは?』
とひらめいてしまった。だって、会社で斉藤さんの存在を知った時からずっと、俺は、斉藤さんを工場なんかで見かけるたびに、かなり露骨に視姦してたので、この感じはかなり怪しい、と思ってしまったのだ。だけど、いくらなんでも本人ってことはないよな、とは思ったものの、斉藤さんに似てる、っていうことは、つまり、俺的にはかなりいけてるわけで、とりあえずメールを出してみるには十分な理由だった。
『どうしようか……。』
俺はさんざん迷ったあげく(もちろん、メールを出すことを迷った訳じゃなくて)、見る人が見れば俺だってわかる程度にぼかした画像を添付して、その『まさか』の人にメールを出した。
『どうも、メールありがとう。ぜひ、一度、会って話ができればいいな。』
でも、返信は、別に普通の感じで、
『あれ、やっぱり、斉藤さんじゃなかったのかな。』
俺は、ちょっと当惑することになった。とりあえず、そのまま何度かメールのやりとりをした後で、俺は、その人と土曜日の午後に待ち合わせをすることになったのだ。なんにせよ、初めての人と会うのは、どきどき、するから、きっと、金曜日の俺は、なんだか落ち着かない感じだったに違いない。それで、たまたまラインでばったり斉藤さんにあった時に、
「なんだか、嬉しそうじゃないか、栗坂。」
さっそく斉藤さんに冷やかされることになってしまった。
「え?そ、そんなことないですよ。」
そういうところ、俺も、単純って言うか、顔に出やすいって言うか、口では否定しつつも、きっと赤面してしまってたりするんじゃないかと思う。すると、そんな俺の様子を、にやにやして見ていた斉藤さんは、いきなり、
「デートだろ、明日?」
そんな爆弾を俺の心臓で爆発させる。
「な、なんで……?」
なぜ、そんなことを斉藤さんが知ってるのか、そして、この場をいったいどう言い繕えばいいのか、俺の頭の中は、一瞬でパニックになり、俺は言うべき言葉を探して、酸素が足りない金魚のように口をぱくぱくさせていたのだ。
「……。」
それなのに、相変わらず、斉藤さんは、にやにや笑って、俺のことを見てるだけで、少し落ち着いてきた俺は、やっと、真相がひらめいて、
「や、やっぱり、あれって、斉藤さん!?」
ちょっと大きな声を出してしまった。
「工場でそんなでかい声を出しちゃ駄目だろ?」
とか何とか言いながら、
「じゃ、また明日。」
とかって俺に背中を向けた。まあ、今にして冷静に考えれば、斉藤さんも、かなり照れくさかったんじゃないかと思うけど、俺は、うれしさがこみ上げてくる、っていうか、そのまま斉藤さんを行かせる気にはなれなかった。
「そんなこと言わずに、もうちょっとつきあってくれてもいいじゃないですか。」
俺がそう言うと、斉藤さんは振り返って、
「仕事中だろ?」
たしなめるような言い方をした。
「じゃ、仕事が終わったら。」
俺の言い方がきつかったので、どうも斉藤さんはその時、俺が怒ってると思ったらしい。
「ちょっと遅くなるけど、いいか?」
斉藤さんの言葉に俺がうなずくと、
「じゃ、帰る時に内線する。」
と言って、さっさと向こうの方へ歩いて行ってしまった。
その週末の午後を、俺は、システムの構想にふけるふりをしながら、斉藤さんの電話を待って、待って、ひたすら待ち続けた。結局、『遅くなる』の言葉どおり、斉藤さんから内線があったのはそれなりの時間で、
「遅くなってすまなかったな。もう出るけど、大丈夫か?」
もちろん、俺は、けなげに、
「はい。」
と返事をした。守衛室の手前で斉藤さんの車に乗り込みながら、俺は、かなり緊張していた。
「晩飯食ったか?」
斉藤さんに連れ込まれたのは、ほとんど居酒屋ののりで、確かにその店で『晩飯』は食ったんだけど、どっちかって言うと、俺に酒を飲ませるのが主たる目的だったのでは、と思ってしまう。その思惑どおりに、って言うか、俺は、ちょっと酔っ払っちゃって、いつのまにか、俺は、斉藤さんの部屋まで連れ込まれてしまっていたのだ。
「でも、あんな掲示板にあげるなんて、大胆ですよね……。」
リビングのソファーに座り込んで、斉藤さんの手渡してくれた缶ビールを飲みながら、俺は、そんなことまで口走っていた。酔っ払った俺も悪いんだろうけど、斉藤さんは、それを見越して俺に酒を勧めたはずだから、やっぱり、中年オヤジってあなどれないよなあ。
「大丈夫だよ、あれじゃ俺だってわからないから。」
うーん、でも、俺はわかったけどなあ。
「何かあったらその時はその時のことさ。」
そういうものなんだろうか。
「それより、栗坂。……会社じゃ、俺のことは黙っててくれよ。」
さりげなく、俺の隣に座りながら、そう口止めする斉藤さんに、
「もちろん黙ってますよ、でも、その代わり……。」
俺が耳打ちすると、斉藤さんは、昼間工場で見た『にやにや』顔になった。
「栗坂って、見かけによらず、悪者だな。」
本当に、俺は、かなり酔っ払ってたんだと思うんだ。そうでなけりゃ、さすがに、
『俺とkissしてください。』
なんて言ってないと思う。まあ、見かけによらなかったのは、俺だけじゃなくて斉藤さんもかなりのもので、そのまま俺は隣の部屋のベッドに押し倒されちゃって、生意気な台詞のお仕置きをされてしまった。(でも、俺は喜んでたわけだから、これじゃあお仕置きにはなってないよな。)その、これまでに経験がないようなねっとりしたセックスが終わった後、俺が、
「中年オヤジなんだから……。」
悪態をついてみせても、
「掲示板を見てメールを寄越したのは栗坂だろ?」
うーん、仕事の面だけじゃなくて、ベッドの中でもかなわないんだなあ、と、最初の夜に思い知らされる感じだった。俺は、そのまま斉藤さんに包まれるようにして眠ってしまって、気づいたときには次の日の朝だった。
「大胆だなあ、栗坂は。」
カーテン越しの朝陽の中で、俺に腕枕をしてくれながら苦笑してる斉藤さんの顔を間近に見て、素面に戻っていた俺はすごく恥ずかしかった。
「また、会ってくれますか……。」
斉藤さんの胸に顔を埋めるようにして俺がそう言うと、斉藤さんは、
「俺の腕枕でよけりゃ、いつでも提供するぞ。」
そう言いながら、がははは、と照れ笑いをしてみせた。