知くん子守唄(ララバイ) -A

月曜日, 9月 30, 1996

「先輩、まだレポート書き終わらないんですか?」
珍しく静かに本などを読んでいるなと思っていたら、突然顔を上げて、知くんが不満そうに言った。
「ああ、俺は、もう4年なんだから、1年坊主の知みたいにひまじゃないだ。」
とにかく、このレポートをなんとか今日中にメドをつけておかないと、ヘタをすれば卒業だって怪しくなってしまう。
「先輩……。」
だめだよ、ふくれっ面なんかしてみせたって……。
「何だ?」
こ、こら、迫ってくるな。
「えーん、先輩……。」
知くんは、俺のひざにもたれかかって、泣き真似なんかしてみせる。
「ほら、すぐそうやって甘える。」
知くんの息が俺のひざにかかったりしただけで、俺って、すぐ勃っちゃうのだ。
「だって、先輩が悪いんですよ。俺をこんなふうにしちゃって……。」
俺が何をしたっていうんだよ。
「俺は知らないよ。」
あくまでレポートに専念するふりをしてみせる。
「先輩が、いつも、俺のことを甘やかすから……。」
うーん、この見事なまでに現実とかけ離れた論理には感心してしまう。
というふうに一応は思うんだけど、
「そんなこと言って、甘えてくるのは、知のほうだろ?」
やっぱり、俺が甘やかしてるのかなあ。
「でも……。」
こら、そんなふうに、ひざを撫でたりなんかしちゃ、感じちゃうだろ?
「どうしたんだよ、今日はやけになついちゃって、ちょっとおかしいぞ。」
なついてくれるのはうれしいけど……。
「先輩が、全然、俺の相手をしてくれないから。」
退屈してくるといつもこうだもんなあ。
「もうすぐ、レポート書き終わるからさ。ちょっとだけ待っててくれよ。」
このレポートを書けなくて、俺が卒業できなかったら、どうしてくれるつもりなんだよ。
「そんなこと言ってさ、いつも、俺のことを放っておくんだから……。」
ちょっと寂しそうにすねてみせるところなんか、まったく、ため息が出ちゃうよなあ。
「わかったよ。……よしよし、知はいい子だから、もう少し待っててくれるよな。」
こうやって頭を撫でてあげれば、少しは御機嫌が直りますか、知くん?
「絶対、馬鹿にしてるでしょう、俺のこと……。」
まあ、そう怒らずに……。
ふくれっ面になった知くんがあんまりかわいいので、
「うふふ……。」
思わずにやついてしまったりする。
「ひどいなあ……。」
あーあ、結局そっぽを向いちゃった。
「ひどいのは、知のほうじゃないか。」
思わず本音が出ちゃったりして、俺って、結構、大人げないんだなあ。
「俺のどこがひどいんですか……?」
でも、相変わらず知くんは、甘えん坊モードで、どうやら俺の言葉をマジにとらなかったらしいことが、妙に残念だったりする。
「俺のレポートの邪魔をして、どんでもない奴だ。」
本当は、邪魔されるのも、楽しかったりするんだけど……。
「レポートなんか、いつでも書けるでしょう?」
ただ、知くんは、レポートに対する認識が甘いというか、俺の置かれている現在の切実な状況が、いまいち理解できていない。
「馬鹿、これは、明日、提出なんだぞ。」
俺が、ちょっと強めに言うと、知くんはしゅんとしちゃって、わざと俺に背を向けて、また本を読み始めたのだ。
ちょっとかわいそうかなあ。
でも、このレポートと知くんの御機嫌とを比べれば、少なくとも今現在は、このレポートの方が高い優先度を与えられざるを得ない状況だから……。
なのに、やっぱり、駄目なんだよなあ。レポートもだいたいできあがってくると、ついつい知くんのことが気になっちゃったりするのだ。
もちろん、知くんは、そういう俺の気配にやたら敏感だから、
「ねえ……、先輩。」
ほら、始まった。
「こら、ゆするなよ。書けないじゃないか。」
少しぐらいは怒ってみせなくちゃ。
「わん、わん。」
知くんは、犬の真似なんかしてみせて、すごくかわいいのだ。
「足にじゃれるのはよせ、ったら……。くすぐったいじゃないか。」
知くんにじゃれつかれると、どうしてこんなにくすぐったいんだろう。
「そんなこと言うんなら、なめちゃうから……。」
知くんは、俺のすねを、ぺろ、となめたりして、
「こら!」
くすぐったくて、思わず発情してしまいそうだったりする。
足を組んだり伸ばしたりで、知くんの攻撃をなんとかかわしていると、
「ねえ、先輩、ったら……。」
あとちょっとだ、って言ってるだろ?ほんの数行で書き終わるからさ。
「……さて、終わったよ、知くん。」
俺が必死の思いでレポートをかたづけたのに、
「なんだ、もう終わっちゃったんですか?もっと書いてればいいのに……。」
言うことが憎らしいんだよな、知くんの場合は。
そういうかわいくないことばっかり言ってると、お仕置きするよ、まったく。
「こいつ……。」
まあ、いいか。
……知くん相手だと、甘いんだよな、我ながら。