誕生日のプレゼント 2

金曜日, 4月 3, 1998

 さすがにいきなり自分の部屋まで持って帰る気にはなれなかったので、一応そういうことのためにあるそこら辺のホテルに連れ込むことにした。俺と並んで歩きながら、行く手にそういうホテルが見えてきたときにも、彼は、全然意識するような様子も見せなくて、俺がそのままホテルに入っていったときも、ごく自然に寄り添うように俺に続いて入ってきた。だからどうだ、っていうわけじゃないけど、土壇場でじたばたされなくて、ちょっとほっとした、っていうところだろうか。部屋に入いると、彼は、入り口のところで、物珍しそうに部屋の中をながめていた。
「座れよ。」
俺がソファを示すと、彼は、にっこりして、ゆっくりとソファに腰を下ろした。こういう場合の、基本的なパターンは、いきなり押し倒す、まずはお話をする、という2種類じゃないかと思うが、俺は、ちゃんと彼にティーバッグのお茶をいれてやることからはじめることにした。
「ほら、お茶……。」
彼は、ソファに座って、あいかわらず物珍しそうに周りを見回していた。
「初めてか、こういうところは?」
俺がそう尋ねると、彼はちょっとはにかむように、
「ここは初めて……。」
と素直に言った。俺は、彼のその答えにちょっと微笑ってしまって、こんなやつをいきなり押し倒したりするのは礼儀に反するかな、という気持ちになった。だから、俺は、やつと向かい合うような形でベッドに腰を下ろして、自分もティーバッグのお茶をすすった。
「ここが初めてなら、他には初めてじゃないところがあるのか?」
そして、ちょっと意地の悪い質問をしてみる。
「うーん、まあ、それなりに。」
かれは、茶碗をテーブルにおいて、そう言いながらにっこりした。
「それなり、って?」
逃げるやつを追うのは楽しい。俺が人を好きになる理由は、半分くらいは、誰かを追いかけていたいからじゃないか、と思うことがある。でも、彼は、ちょっと首を傾げるような仕草をして、
「そりゃ、この年になれば、いろいろと……。」
そんな台詞で、するっ、と俺の追及をかわしてしまう。
「……。」
俺は、自分がまた微笑ってしまうのを禁じ得ない。
『こいつって、本当にかわいいかもしれない。』
俺は、自分の中で、欲望とは別のものが、ふくらんでいくのを感じていた。
「まさか、まだ、学生、じゃないよな?」
俺が尋ねると、彼は、ちょっと笑って、
「違いますよ、サラリーマンになってもう2年です。」
俺の目を見た。
「へえ、そうなんだ。」
俺がそう言うと、彼は、
「そんなに幼く見えますか?」
ちょっと不満そうに言った。
「そんなことはないけど……。幼く見えると嫌なのか?」
という俺の質問に、彼は、
「うーん、そうだなあ、僕、早く、30才くらいになりたいな、って思うんです。」
そんな若い答えをする。
「へえ、どうして。」
俺が冷やかし半分で尋ねると、彼は、
「うーん、なんか、落ち着いてる年齢かな、って思うから。」
しかつめらしい様子でそんなことを言った。
「……。」
やっぱり、こいつは、本当にかわいい。俺は、自分がますます彼に傾いていくのをどうしようもなかった。
「そんなふうに思いませんか?」
って言われても、俺は苦笑っているしかないよな。でも、この場面で、こんなことをいつまでも話しててもしょうがないわけで、いい加減に押し倒したほうが、むしろ紳士的なのかもしれない。

 俺はやっと決心して、ベッドから立ち上がると、いすに座っている彼の横に立った。彼はちょっと微笑っていたけど、なんだかこわばったような感じで、俺の次の行動を覚悟している。
「……。」
俺は、彼のあごに指をかけて、彼の目をのぞき込んでみた。彼の素直な目つきは、かえって俺の欲望をそそるようだった。
「あ……。」
俺は、彼の唇をかすめるようにしながら、そのまま、彼のうなじに口づけをした。彼はちょっと体をよじるようにして、俺の唇の感触を受けとめている。
「……。」
俺の愛撫に逆らわず、といって、流されているわけでもない彼の反応は、俺の欲望を充分刺激した。俺は、彼の首に腕を回しながら、
『こいつ、初めてじゃないな……。』
彼が、今までに、いろんな男からこういうことをされただろうことを確信した。
「う……。」
彼は、俺が耳たぶを噛んだり、首筋をなめたりするたびに、適切にかつ控えめに反応した。俺は、彼の体を持ち上げるようにして彼を立ち上がらせると、そのままベッドに押し倒した。
「……。」
彼の体中のいろんなところをkissしながら、俺は、彼の服を脱がせていった。彼は、素直に服を脱いで、すぐに、俺は彼と裸で抱き合っていた。
「ああ……。」
彼の裸の胸の暖かさは、俺の欲望をそそるのに充分だった。彼は、素直に俺の愛撫を受け入れて、俺のなすがまま、どんなふうにしても恥ずかしがったり嫌がったりせず、ただ小さなあえぎ声だけをあげている。俺の腕の中に横たわった彼の体は、俺をそそり立てるように脈打っている。
「気持ちいい……。」
彼の背中に回した手は、彼の体の中にくすぶっている欲望をさぐっていた。
『もっと気持ちよくしてやるぞ。』
俺は、彼の体を自分の胸で押しつけるようにしながら、自分の唇を彼の首筋から乳首へと移動した……。

 二人でかなり派手にいった後も、俺と彼は、ずっと抱き合って、kissをしたままだった。
「暖かい……。」
やっと唇を離すと、彼は俺の胸に顔を埋めてそうつぶやいた。なんだか、切なくて、俺は、彼を、ぎゅうっ、と抱き締めていた。そうすると、彼は、くすくす笑って、
「苦しいよぉ。」
俺の腕の中から逃げ出そうとした。そんな彼をまた捕まえて、何度かkissを繰り返したときに、
「僕のこと、憶えてます?」
彼は、俺の目を見ながら、まじめな顔でそう言った。
「え?」
完全に不意打ちで、俺には、彼の言葉がどういう意味なのかさえわからなかった。
「やっぱり、憶えてないんだ……。」
彼は、にこにこしながら、
「だいぶ前だけど、……で会ったと思うんだけどなあ。」
と、俺の心の奥に沈み込んでいる例のサウナの名前を口にした。
「な、なに?」
今までの、のんびりした気分を吹き飛ばされたようで、俺は、改めて彼の顔をまじまじと見つめた。
「階段のところで目があって、自動販売機の陰で、僕のことを抱いて……。」
そのシチュエーションに思い当たる相手は、一人しかいないけど……。でも、本当にこいつが、あの時のやつなのか?
「ひょっとして、すごく前のことか?……5年くらい前とか?」
俺がそう言うと、彼の表情が、ぱっ、と明るくなって、
「そうだよ、僕、その頃、まだ、大学に入ったばっかりだったから。」
いっそうにこにこした。
「えー!」
もう、顔ははっきり覚えてはいないけど、似てると言えなくもない気がする。
「でも、もっと、暗い感じのやつだったけどなあ……。」
確かに、こんな『あたりまえ』の男の子ではあったけれど。
「僕、あのとき、すごく緊張してて……。」
ふーん。
「うん、たしかに、すごく堅くなってたな……。」
俺が、にや、としながらそう言うと、彼は、
「やだなあ、そんなことだけ憶えてるなんて……。」
初めて、自分から、俺にkissをした。
「あの時、電話番号を渡そうとは思ったんだけど……。」
でも、さっさと帰っちゃったじゃないか。
「ロッカーのところまで来てくれるかな、と思ってて……。」
思うだけじゃだめだよ。
「それならそういうふうに言わなきゃわからないよ。」
まったく……。
「ごめんなさい。でも、なんだか言い出せなくて……。」
彼は、また、俺にkissをして誤魔化した。こんなテクニックだけは身につけてるなんて、しょうがないやつだ。
「でも、昨日、あの店で会って、僕、すぐわかりましたよ。」
全然そんな素振りも見せなかったくせに。
「全然変わってなかったから……。」
俺は、なんだか苦笑しながら、でも、彼と初めてあったんじゃない、という事実が彼への気持ちを柔軟にしているのを感じていた。
「そうか、あいつだったのか……。」
以前に会った彼の印象と今の彼の作るベクトルが、俺の心をますます彼に傾斜させていた。