邂逅 5

金曜日, 12月 19, 2003

 考えてみれば、飲み屋の帰りに、自分の部屋に誘っちゃうのって、危険極まりない行為だと思うんだけど、相手が矢上くんじゃ、そういうふうに考えることができない。っていうところが、俺の甘いところなんだろうな。ソファに腰を降ろして酔い覚ましのコーヒーをすすってる俺の隣に滑り込みながら、
「何で、俺じゃだめなんですか、先輩?」
矢上くんが迫ってくる。
「だから、俺は、もっと頼れるようなやつがいいんだ、って。」
だったら、連れ込むなよ、って言いたいよな、我ながら。
「じゃ、俺、頼れるようになります。先輩のこと、がっちり受け止めますから。」
まあ、体格的には、俺よりも身長があるから、がっちりかどうかはわからないけど、受け止めてくれそうな気はする。って、その気になってどうするんだよ。
「俺が言いたいのは、物理的な意味じゃなくて、もっと精神的な意味なんだ。」
俺は、大人の広い愛に包まれたい。
「それは、つまり、俺じゃ、ガキすぎて駄目だ、ってことですか?」
矢上くんのマジな視線に、俺は返すべき言葉がない。
「俺、先輩のためだったら何でもしますよ。大人にだってなる。」
こいつなら、本当に俺より大人になるかもしれない。
「俺なんか、すごくわがままで、君を振り回したあげく、俺自身が飽きちゃって、じゃあね、っていうくらいがありそうな話だと思うな。」
言い訳の方向性が微妙にずれてきていて、自分でもそれに気づいてるから、余計、俺自身しどろもどろだったりする。
「やってみなきゃわからないじゃないですか。そりゃ、最初は無理かもしれないけど、俺、本当に先輩のためならどんなふうにでもなれる。」
矢上くんの妙に説得力のある声でそう言われると、その気になってしまいそうな自分がいて、俺はそれが恐い。
「それに、俺だって、おまえを満足させられないよ。」
もちろん、俺のそんな言い訳じゃ矢上くんはひるまない。
「俺は先輩と一緒にいられるだけで満足なんです。こうして一緒にいるだけで、すごくうれしいんだから。」
本当にそうかもしれない。そうかもしれないけど、一番俺が恐れているのは、俺が矢上くんを満足させることができなくなってしまった時のことなんだと思う。今は、矢上くんが満足してくれているとしても、やがて、矢上くんの求めるものが俺という存在から微妙にずれていってしまったら、いったい俺はどうすればいいんだろう。
「……。」
なんだか、ため息が出そうで、こういう発想をすること自体、すでに、俺が矢上くんにいかれちゃってる、っていうことなんだろうか。
「とにかく、俺は、おまえの赤い糸の人じゃないよ。」
俺は、拒否するほど力強くはないけど、決して引き寄せようとはしていない体勢で、彼の肩に手をかけた。
「俺は、こんなに好きなのに、先輩のことが。」
なんだか、視線だけで、犯されてしまいそうになる……。俺は、引き寄せられるように、ゆっくりと矢上くんにkissをした。
「先輩、上手ですね。」
矢上くんの感心したような言い方に、俺は思わず苦笑してしまう。
「だてに『先輩』じゃないさ。」
これ以上、このままにしていると、引き返せなくなりそうで、俺は、振り切るようにして、もう一杯コーヒーをいれるべく、マグカップを手に立ち上がった。
「今晩、泊めてください。」
もちろん、そのつもりだよ。こんな時間に、帰れ、なんて追い出せないだろ?
「俺は、腕枕だけだ十分ですから。」
十分、ってなんだよ、重いんだからな。
「先輩のかわいい寝顔見てるだけで、すごく幸せになれるんです。」
とか言いながら、俺の寝込みを襲うつもりなんじゃないだろうな?
「年下のかわいい少年に襲われる、っていうシチュエーションもいいと思うけどな。」
矢上くんは、俺の方を、ちら、と見ながらそんなことをうそぶく。
「いいわけないだろ?」
そもそもおまえだって、もう『かわいい少年』なんかじゃないくせに。って、いつのまにか、矢上くんに腕枕してやることになってしまっている。こうやって、俺は、矢上くんという存在に巻き込まれていっちゃうんだろうか?って言うか、もうかなり巻き込まれちゃってるな。
「じゃ、そろそろ寝るか?」
俺が、矢上くんの着るパジャマ代わりのトレーナとかを出してやっていると、矢上くんは、さっさと服を脱いでグレーのニットトランクスだけの裸になっていたりする。なんだか、妙に卑わいな感じがするのは、矢上くんがはいてるからなんだろうか。
「じろじろ見ないでくださいよ、先輩。」
馬、馬鹿、さっさと着ろよ。俺は、どきどきしながら、ベッドの中に潜り込んだ。
「俺には、steadyがいるんだからな。」
なんだか、本当に、言い訳でしかないよなあ。そうしたら、矢上くんは、
「俺は、別に、遊びでもなんでもいいです。」
そんなことを言う。
「そんなわけにはいかないだろ?」
でも、約束だから、腕枕は提供することにする。
「堅いなあ、先輩は……。いいじゃないですか、寂しいときに俺を呼び出してくれたら、いくらでも暖めてあげますよ。」
あ、何するんだよ。……kiss。
「こら、舌を入れるな、って言ってるだろ?」
言ってなかったかもしれない……。
「けちだなあ、先輩は。減るもんじゃないし、ちょっとぐらいいいじゃないですか。」
そういう問題じゃなくて、俺の貞操が……。それに、そんなことされると、勃ってしまう。俺がこんなに焦っているのに、矢上くんはずいぶん余裕で、俺の方を見る。
「このあいだ、先輩の元彼に会ったんですよ、あの店で。」
どき。
「その時に、言われちゃいました。『あいつなんか、とりあえず押し倒しちゃえばいいんだから。』って。」
な、なんてことを……。
「だから……!」
あ、ちょ、ちょっと……。駄目だって。