酒酔い 3

火曜日, 3月 31, 1981

 気がついたら、カーテン越しの光で部屋の中はもう明るい。もう朝なのかな、と僕は思って時計を見る。
「え?!もう11時じゃないか。」
午前には違いないが、そろそろお早うのあいさつを言うには気がひける時間のような気がする。僕は服さえ脱いでいない。頭が多少重いのは、二日酔いのせいに違いない、と思ったりしながら、きのうのことを思い返してみると、どうやら兄貴とキスをしながら眠ってしまったようだ。兄貴もたぶんそれ以上のことはせずに眠ってしまったのだろう。
「兄貴……?」
ベッドの中は僕だけで、兄貴の姿はない。不安になってベッドから降りると、ブリーフだけの兄貴にぶつかる。
「どこ行ってたの?」
僕はベッドの横で立ったまま、兄貴の胸に抱かれる格好になっている。
「トイレ。」
急に立ち上がったものだから、ふらふらする。
「もっと寝ていればいいのに……。」
兄貴の言葉に甘えたわけじゃないけど、あんまり起きていたい気分じゃないから、もう一度ベッドに倒れ込む。
 服が窮屈で仕方がないから、もどかしい思いで全部脱いでしまう。床の上へ脱ぎ散らかすならまだしもなのだろうが、面倒だから、寝たまま布団の中へ脱ぎ散らかすと、素肌に布団の暖かさが気持ちいい。
「服ぐらいちゃんとしろよ。」
兄貴は非難がましく言うが、別にたたんでくれるわけでもなくベッドから床へ引きずり下ろしただけのことだ。布団が軽くなったと思うと、布団の中へ入ってきた兄貴のごつごつした体に、後ろから
抱き締められる。
「きのうはだいぶ酔ってたなあ……。」
僕は兄貴の腕の中で、兄貴の呼吸に耳をくすぐられながらその言葉を聞く。
「ごめん、手間かけちゃって……。」
たまには素直に謝ってみようという気になることもあるらしい。後ろから抱かれているこの姿勢だと、胸のあたりとか、もっと下の方のデリケートな部分なんかを、兄貴にいいように遊ばれてしまうので、僕は兄貴の方に寝返りをうつことにする。
「すまない、と謝ってもらっても、それだけじゃ許せないな。」
ベッドの中では、常に僕が弱い立場にある。
「どうしろって言うんだよ。」
兄貴から目をそらしてそう言う自分の声も、心なしか弱々しく聞こえる。
「きのうはやり損ねたから……。」
ちょっと息苦しいけど、こういう謝罪の方法で許してもらえるのなら本当にありがたい。ありがたいが、ちょっと胸がむかついている。僕のと絡んでいた兄貴の舌が離れていったと思ったら、
「だいじょうぶか?」
と兄貴が心配そうな顔をする。本当はこんなふうに心配して尋ねてくれるのをありがたく思わなけりゃいけないんだろうけど、もっと他の質問を考えつけないのかと思ってしまう。もちろん、そんなことは言わずに、
「あんまりだいじょうぶじゃないみたい……。」
と本当のところを言う。つまり、手でやるのなら何とかなるけど、胸がむかついているから、それ以上のことは勘弁してくれということだ。
「じゃあ、今日は久しぶりに……。」
兄貴の手が素早く動いて、兄貴も僕も本当の裸になってしまう。兄貴が僕におおいかぶさってくると、力強く張り切っているものが、僕の太腿を割って入ってこようとしているのが感じられる。
 熱い固まりが、最初のうちはぎくしゃくと動いているが、そのうちに汗だか粘液だかのせいで滑らかに動き始める。いつも思うのだが、このやり方は僕が楽なのでいい。もちろん兄貴は疲れるだろうけど……。僕は知らん顔して寝てたんだけど、そのうちにそのもどかしいような感覚に、自然と腰が動いてしまう。兄貴は時々体を浮かせて、自分の腹と僕の腹の間で硬直している僕のものを直接手で刺激したりしてくれる。それで、兄貴が顔をしかめて腰の動きを停止した時に、僕も尻をぐっと浮かせてうめくことになる。シーツが汚れるから早く拭いたほうがいいと思うのだが、兄貴はしつこく僕と唇を合わせている。僕もそれが嬉しいから、下半身のべたべたはしばらくの間我慢することにする。
 兄貴は腕枕をしてくれながら、
「きのう言ってたことを憶えてるか、知?」
と、なにやら意味ありげに笑う。
「……?」
何か変なことを言っただろうか、と、僕は記憶を探ってみるが、どうもそれらしいことに思い当たらない。
「僕、何か変なこと言ってた?」
兄貴はちょっと笑って、
「変っていうわけじゃないな……。」
と、僕の考え込んだ顔を楽しんでいる。
「どんなこと言ったっけ?」
わからないから降参する。
「気障なこと言ってたぞ。知が俺に『兄貴、寒いよ』って言うから、俺が抱いてやろうとしたんだ。そうしたら、『違うんだ、僕、心が寒いんだ』。」
と、兄貴は僕にウインクしてみせた。
「本当に?」
冷や汗ものだなあ、と思いながら、僕は顔がかあっとなってしまうのをどうしようもない。
「酔ってたから……。」
と弁解してみるが、
「だから本音が出たのか?」
という兄貴の言葉にはギクッとする。まさか兄貴が気づいているとは思っていなかったから、僕は思わずこわばった表情になる。
「そういう意味じゃ……。」
弁解がましいと自分でも思いながら言う。
「じゃあ、どういう意味だ?」
そうは言いながらも、兄貴は怒っているふうでもないので少し安心する。
「知が酔っぱらってふらふらになったら、俺は支えてやれるけれども、そのときの知の気持ちまで俺に分かるはずないことぐらい、知にだってわかってるだろ?」
それはそうだと思う。
「それに、酔っぱらっていても、ふらふらしてなきゃ、俺は知が酔っぱらってるのに気づかないだろうし……。」
そうなのかと思う。
「わかった……。努力してみるよ。」
何を努力するのか、自分にもわかっちゃいないのだが、兄貴にとってもそして僕自身にとっても、それが一番納得のいく答えであるような気がする。
「わかったら、今度から飲み過ぎるんじゃないぞ。」
兄貴は少し笑ったような顔で、僕にそう言う。だから僕も、
「うん……。」
とうなずく。