酒酔草 -大介 8

水曜日, 2月 2, 2000

 僕の部屋に入ると、健太郎は、ぐるっと辺りを見回してから、くすっ、と笑った。僕は、何となく健太郎の笑いの意味がわかるような気がしたけど、健太郎の笑いは全然嫌じゃなかった。
「何がおかしいんだよ……。」
僕は、ちょっと抗議してから、
「どうせ、僕は……。」
すねてみせた。これって、健太郎に甘えてるんだな……。なんだか恥ずかしくなって、僕がうつむこうとすると、すっ、と健太郎が僕の方によってきて、僕のあごに手をかけると、ゆっくりと僕の唇に健太郎の唇を重ねてきた。僕が、健太郎の唇の感触に酔っぱらいそうになっていると、突然、僕の感覚の中に電話のベルの電子音が突き刺さった。
「電話が鳴ってるよ?」
健太郎の唇が、すっ、と離れていって、その時、僕は、健太郎とキスをしていたことを改めて意識した。きっと、彼からの電話だ……。
「いいんだ。」
今の僕には、彼の声を聞く勇気はなかったし、聞きたくなかった。きっと、健太郎に変に思われてるだろうな……。でも、すぐに、僕はまた健太郎のキスに引き寄せられてしまったので、余計な言い訳をしなくても済んだ。電話のベルは、正確に10回鳴ってから、不意にやんでしまった。
「ん……。」
それが合図だったかのように、健太郎は、僕にキスをしたまま、僕の体をベッドに押し倒した。それとも、僕が、自分からベッドに倒れ込んだんだろうか。健太郎の唇は、僕の唇から離れて、ゆっくりと首筋の方に降りていった。
「あ……っ。」
すごく恥ずかしかったけど、健太郎が僕に何かするたびに、僕は声を上げてしまった。どうしてこんなに声が出ちゃうんだろう……。僕の体がエッチだからなのかな。それとも、健太郎がこんなにエッチなことをするからなのかな。
「あ、健太郎……。」
僕は、健太郎の名前を呼びながら、堅く目をつむって、快感の嵐が全身をゆさぶるのに耐えていた……。でも、快感の頂で僕が呼んだ名前は、健太郎だっただろうか。
 終わった後で、僕は、健太郎に腕枕をしてもらっていた。肩に埋めていた顔を上げて、僕は、
「ありがとう、つき合ってくれて。」
なんだか変な言い方だな、と思いながら、でも、他に言うべき言葉を思いつかなくてそう言った。
「僕のほうこそ……。」
確か、健太郎もつき合ってる人がいるはずなのにこんなことさせちゃって、なんだか申し訳なかった。僕は、すっかり元気を取り戻したけど……。
「すごくうれしかった。」
健太郎の肌って、すべすべしてるんだなあ、と、全然関係ないことを思いながら、僕は、健太郎にそう言った。
「こ、こんなことでよけりゃ、いつだって……。」
なんだか、健太郎が焦ってる。
「そうだね……。」
僕は、笑ってしまいそうになって、それを誤魔化すために健太郎に軽くキスをした。唇を触れるだけのつもりだったのに、思いがけなく健太郎がディープなキスを仕掛けてきたので、今度は、僕がちょっと焦ってしまった。健太郎って、本当に優しいんだ。あんまりそれに甘えてばかりじゃ悪い気がして、僕は、とりあえず健太郎のキスから離れると、どういうふうに言えばいいのか思いつかなくて、
「今日さ、マスターに言われたのが、やっぱり、ちょっと辛くて……。」
一応そんなことを口にしてみた。
「うん……。」
健太郎の手が、ゆっくりと僕の頭を撫でてくれる。
「わかってるつもりなんだけど……。」
でも、健太郎に言わなくちゃいけないことはそんなことじゃない……。
「……。」
健太郎は、何も言わずに、僕に軽くキスをした。
「ごめん、健太郎には悪いな、って思ったんだけど……。」
今さら言い訳してもしょうがないけど、僕が自分の寂しさに健太郎まで引きずり込んじゃうべきじゃなかったよな。そのうえ、せっかく健太郎が優しくしてくれたのに、
「ずっと、彼の顔が浮かんできて、なんだか……。」
僕は、二重の意味で健太郎に申し訳ない気分になってしまった。
「だけど、気持ち良かった……。」
やっぱり、僕は、体だけでもセックスできるんだ。でも、そんなことを再確認してどうなるというんだろう。
「いいじゃないか、減るもんじゃないし。」
健太郎は、ちょっといたずらっぽく笑って、そう言ってくれた。その笑顔を見て、僕は、健太郎の腕の中で時間を過ごしたからこそ、自分が元気を取り戻せたことを理解した。きっと僕は、健太郎のことが本当に好きなんだろう。そう思うと、僕は、すごくうれしくて、上半身を起きあがると
「でも、健太郎だから、部屋に誘ったんだよ。」
ためらうことなく、健太郎にキスをした。そのキスは、瞬間、彼の感触を押しのけて、僕の心に届くような気がした。
「……。」
いったいどのくらい健太郎とキスをしていたんだろう。やっと、健太郎の唇から離れると、健太郎が、ちょっと照れくさそうに笑っていた。そして、
「大介、その人の、どこが好きなんだ?」
照れ隠しのように、僕に尋ねてきた。
「全部、かな……。」
僕は、そう言って、鮮やかに彼のkissの感触を思い出してしまった。僕は、健太郎が見つめていることに気がついて、なんだか自分の気持ちを見透かされたような気がして、すごく恥ずかしかった。そうすると、健太郎の顔が、ゆっくりと僕に近づいてきて、
「……。」
息が詰まりそうになるくらい激しいディープキスだった。
『押し流されちゃいそうだ……。』
僕は、思わず、健太郎に抱きついていた。だけど、僕が押し流されそうなのは、健太郎への想いになんだろうか……。それとも、彼への想いになんだろうか……。