目が覚めると、すぐそこに、寝息をたてている彼の顔があった。
『結構、かわいいな。』
俺は、そう思いながら、彼の寝顔をじっと見ていた。
「う……ん。」
俺が見つめているのに気が付いたかのように、彼は、すぐに目を覚ました。そして、見つめている俺の視線に気づくと、
「僕、寝言言ってなかった?」
ちょっと恥ずかしそうに、俺の肩に顔を埋めてきた。俺がそのまま彼の首に腕を通して腕枕をすると、彼の体全体が俺の体にすんなりとなじんだ。この状態だと、本当に、どきっとするくらい近くに彼の顔がある。
「寝言は言ってなかったかな。大人しく眠ってたみたいだぞ……。」
俺は、kissをする誘惑に耐えら得なくて、彼の唇に自分の唇を重ねた。
「……。」
彼とのkissは不思議なくらいなめらかで、いつまででも唇を重ねていられそうな気分になる。名残惜しい気持ちを抑えて唇を離すと、かれも、ちょっと名残惜しそうな様子をしているのがうれしい。
「朝飯食いにいこうか。」
けばけばしい枕元に埋め込まれた時計は、そろそろ起きても良い時間だと告げている。
「そうだね、そういえば、お腹空いたなあ。」
彼は、伸びをしながら言った。
「シャワーは?」
俺は、彼の返事を待たずに、彼の腕をつかんで、バスルームに引っ張っていった。
「洗ってやるよ……。」
俺は、熱めのお湯を流しながら、石けんをいっぱい泡立てて、彼の体をすみずみまで磨いていった。
『石けんで洗い流しても、俺の愛撫の跡は洗い流せないよな。』
ふとそんなことを思いながら彼の顔を見ると、彼は、無邪気な笑顔でせっけんだらけの俺の手が彼の体をはい回っているのを見ていた。
「何が食いたい?」
石けんだらけの彼の体を、ぎゅうっ、と抱き締めながら尋ねると、
「何でもいい。」
彼は、うれしそうな声で、俺の体に両腕を回してきた。
「それじゃ返事にならないよ。」
俺は、一応そう言いながらも、
『おまえと食えるんなら、俺も何でもいいや。』
本当はそんなことを思っていた。
とりあえず、朝飯を食って、じゃ、どうしようか、という話になったとき、
「僕、海に行ってみたいな。」
彼の言った言葉に、俺は、思わず吹き出しそうになった。
「子どもみたいだな……。」
俺がそう言うと、彼は、
「僕、海が好きなんだ。」
無邪気に返事をするところがよけいかわいい。ゆったりとした遅めの朝の時間が、俺と彼の間を流れていく。俺は、一応、
「でも、どこに行きたい?」
そう尋ねてみながらも、彼が、
「どこでもいい、海が見えれば……。」
そんなふうに言うだろうことはわかっていた。
「海か……。久しぶりだなあ。」
それで、俺は、彼を連れて、電車に乗って海辺を目指すことになった。電車の中で隣に座った彼の腿が俺の腿に何気なく触れてくる。俺が、にや、と彼に視線を移しながら俺の腿を彼の腿に押しつけるようにすると、彼は、俺を振り返って、ちょっと赤面した。
「今日は、いい天気だから、海もきれいだろうなあ。」
俺は、平和なことをつぶやきながら、彼の腿の感触を楽しんでいる。
「船が見えるといいなあ。」
彼も、同じくらい平和なことを言いながら、俺の腿の感触を楽しんでいるんだろうか。
「このへんで降りてみようか。」
俺は、昔の記憶の中に沈んでいた名前の駅で降りて、駅前のバスターミナルに停車中のバスを物色した。
「このバスは、たぶん、海岸の近くまで行くはず……。」
俺が彼を振り返ると、彼は、
「うん、じゃあ、乗ってみよう。」
あいかわらずの無邪気さだった。そのバスの終点からは、建物の向こうに松林が見えていて、確か海岸はかなり近いはずだった。彼と並んで歩きながら、俺は、初めて彼が、自分よりもほんの少し身長が高いらしいことに気がついた。
『へえ、そうだったんだ。』
俺には、少しずつ彼のことがわかってくる。
「海だ……。」
松林を抜けると、海岸に陽光がきらきら反射しているのが見えた。
「きれいだね。」
俺には、彼の瞳に映っている水面のきらめきしか見えなかった。