Dreaming 俺

火曜日, 4月 29, 1997

 その店でグラスを傾けていると、無為な時間を漂っているような感覚になる。おしゃべりなマスターの声も、JAZZっぽいBGMと妙に調和していて、煙草の煙といっしょに俺の前を流れていく。
「どうして『ホワイトピッピ』っていう名前にしたの?」
誰かがマスターに尋ねている。
「本当は『ホワイトピッグ』にしようと思ったんだけど、それじゃ、そのまんまだからって言われて、ちょっとしゃれてみたの。」
マスターの答えに、思わず、ふふん、と鼻で笑ってしまった。俺は『そのまんま』なんていう表現じゃなくて、もうちょっと汚い言い方をしたはずなのに……。まあ、いいか。
「……。」
グラスの中で氷がゆれて、アルコールが俺の心にしみていく。
「あら、いらっしゃい。」
ドアが開いて、誰かが入ってきた。入り口のところで、一瞬立ち止まって、店の中に視線を泳がせている。俺は、いつになく、まじまじとそいつのことを見つめてしまった。
「ここに座れば?」
マスターは、俺の横の席をそいつに示す。そいつは、ちょっと俺の方に微笑んで見せながら、スツールに体を滑り込ませた。学生、じゃないよな。
「何にする?」
そいつは、うーん、とちょっと考えてから、
「カンパリソーダの大盛り。」
マスターに注文した。
「なに、その『大盛り』って。」
マスターは、早くもグラスに氷を放り込みながら笑っている。
「なんだか、のどがかわいちゃって……。だから、大きなグラスで、カンパリは薄くていいから、ソーダをたくさん入れといて欲しいんだけど。」
さっきまで時間の底を漂っているような気分だったくせに、すでに俺はそいつのことしか見ていなかった。
『俺も、いい加減だよなあ。』
我ながら苦笑してしまう。けれども、そいつは、俺が苦笑ったことの意味を取り違えたらしい。
「そんなにおかしいですか?」
ちょっとすねたような言い方が、彼の若さを証明している。
「……。」
俺は、黙ってもう一度微笑ってみる。その間に、マスターは、さっさとカンパリソーダを作ってカウンターの上に差し出した。
「はい。」
残念ながら、この店で普通に使っているグラスに、ごくごく普通の量のカンパリソーダが満たされていた。どうやら、彼の希望は容れられなかったらしい。それでも、彼は、特に不満を唱えることもなく、グラスを持ち上げてカンパリソーダを一口すすった。
 いつのまにか俺の前に立っていたマスターが、ふうっ、と煙草の煙を吐き出して、
「かわいいでしょ。」
彼の方に頭を振りながら言う。けれども本人は、マスターの言ったことが聞こえなかったふりで、グラスの中身をながめている。
「そうだな。」
俺はそうつぶやいたが、彼には聞こえただろうか。いつになく冗舌なマスターのおしゃべりを仲介にして、彼と他愛ない話をしながら、ゆっくりとグラスの中で時間が融けていった。言うべき台詞を頭の中で組み立ててから、俺は、彼を振り返り、
「カンパリソーダをもう一杯、つきあってくれないか?」
できるだけさりげなく言った。
「え?」
彼は首を傾げるようにして俺を見た。
「反対側の君の横顔もみたいな。」
こんな気障な台詞でも口にできてしまうのは、酔っているからだろうか。けれども、彼も、ちょっと微笑んでうなずきながら、結構な台詞をささやいた。
「横顔だけ?」
と、いうことは、持って帰ってもいいわけだな。
「行きたいところがあるのなら……。」
黙って連れ出せないところが、我ながら弱い。
 俺が抱いてみる男は、いつも昨日の自分に似ているのかもしれない。自分の年齢に自信が持てなくて無意識に背伸びしているような、見ていると思わず微苦笑したくなるような奴に、俺の腕枕をしてやるのがうれしくて、俺は、部屋のベッドをこんな大きいサイズにしたのだろうか。考えてみれば、俺自身が誰かに腕枕をしてもらったのは、思い出せないくらいの過去のことになってしまった。彼といっしょにタクシーを降り、部屋の中に入ると、太っちょのペンギンランプが、ぼうっ、と玄関と廊下を照らしている。
「また男といっしょか。」
とペンギンが言うわけではないが、俺は、ちょっと後ろめたい気持ちになりながら、ドアチェーンを掛ける。
「さあ、上がって……。」
彼が靴を脱ぐ間、俺は、彼の後ろに立って、目の前のかわいい尻をながめている。思わず触ってしまいそうになるのを我慢しながら、俺は彼の両肩を押して、いきなりベッドルームのドアの前まで連れていった。
『きっと、この肩の肉付きなら、抱き心地もいいかな。』
子羊を狙う狼みたいなことを考えながら、俺は彼の肩越しにドアを開けた。
「こっちだ。」
開いたドアの向こうにいきなりベッドがあったせいか、彼はちょっとびっくりしたような顔で振り向いて、それからすぐ、初心っぽい『僕は何も知りません』という表情を装った。俺は、そんな表情を突き崩したい気がして、いきなり彼をベッドに押し倒した。
「あっ……。」
本能的に抵抗しようとする彼の両肩を俺の両手で押さえ付けて、彼の下半身は俺の下半身で固定した。俺の腹に当たる彼の下半身の感触は、疑いもなく、彼がすでに勃起していることを伝えている。俺は、改めて自信たっぷりに、彼の唇を奪った。
「うっ……。」
彼は、一瞬、俺の唇を拒否するような素振りを見せた。
「ううっ……。」
けれども、俺が強引に舌を彼の歯の間に割り込ませていくと、目を閉じて素直に俺の舌を受け入れた。
「……。」
そのかわりに、彼は、俺の舌を自分の舌で適当にあしらおうとする。
『生意気な奴だ……。』
俺は、そのまま右手を彼の下腹部にすべらせた。そして、充分に堅くなっている彼のものを、ぎゅっ、と握り締めてやると、
「んっ……。」
彼は、やっとあきらめたふうに、俺の舌の愛撫を受け入れ始めた。思ったとおり、彼の体はもて遊ぶのに不足のない歯ごたえがあり、といって冗長な肉付きでもなかった。露骨に俺の舌や指先に反応することはなくても、それが彼の興奮を確実に高めているのは疑いようもなかった。
 彼の体の控えめなけいれんも、ため息のようにもれてくる声も、そして、あふれてくる透明な粘液も、俺の期待以上のものだった。彼の首筋も、逞しい胸板の上で弾んでいる乳首も、みずみずしい筋肉を秘めた太腿も、
「いやだ……。」
結局は俺の舌や指先で犯されていった。
「ああっ……。」
彼が素直に声を上げるようになった頃には、俺の興奮も、彼の興奮も、限界まで膨らんでいた。
「い、いくっ……。」
彼が大きく体をけいれんさせて吹き上げるのを見ながら、俺も、自分の快感が爆発するのを押さえることができなかった。
「俺も、いくぞ。」
腰から背骨に沿って突き上げるような感覚といっしょに、俺は、彼の胸と腹の上に射精していた。
 サイドテーブルの上のティッシュペーパーボックスから急いで何枚か取り出してはみたものの、なんだか彼の体を拭いてしまうのがもったいないような気がして、俺は自分の先端だけをそのペーパーで押さえるだけにした。ベッドの脇のランプのスイッチをひねると、
「う……ん。」
彼は恥ずかしそうに目を閉じたが、それともランプがまぶしかっただけだろうか。
「すごいなあ。」
俺は、まるで他人事のように言った。
「流れちゃうよ……。」
彼は、くすぐったそうに身をよじって、なんとかしようと努力している。
「もう手遅れみたいだな。」
彼の体からはすでに何ヶ所か流れ落ちていたし、そもそも、彼の首筋のあたりには、直接シーツの上に飛んだ濡れ汚点が何ヶ所かついていた。
「ごめんなさい、シーツを汚しちゃったかなあ。」
シーツなんか洗濯すればいいから、どうでもよかったけど、彼のその情けない声がちょっとかわいそうで、俺はティッシュペーパーを大量動員して、彼の胸や腹を拭き始めた。
「ここも濡れているみたいだよ。」
彼の体を拭き終わっても、彼は、シーツが濡れていることを気にしているようだった。
「すごかったもんなあ。」
今さらどうしようもないので、俺はそのまま彼の裸の体の上におおいかぶさっていった。
「だって……。」
じっと見つめる俺から目をそらせて、言い訳を考えている彼の顔がかわいかった。
「……。」
黙ってキスしてやると、彼は、今度は素直に俺の舌を受け入れた。
「気持ちよかったか……?」
唇を離してそう尋ねると、彼はちょっと微笑ってから、ちいさくうなずいた。わざわざこんなことを尋ねてしまうのは、やっぱり俺は、大人になりきれていないということだろうか。
「……。」
彼を腕枕の中に抱え込みながら、そんなことを思って、俺はちょっと自己嫌悪に陥ってしまう。でも、いつまでたっても大人にはなりきれないところが、俺のいいところだと自惚れていることにしよう。
「暖かい……。」
彼は俺の胸に腕をまわして、顔を俺の肩に埋めるようにしていた。彼の体が、違和感なく、すっぽりと俺の腕の中に存在する。こいつは、あと何回、俺のベッドで寝るだろう。