飲み過ぎた次の日にありがちのねっとりした眠りから醒めると、かすかにシャワーの音がした。しばらくの間、自分がどこにいるのか理解できなくて、ぼんやりしていたけれども、やっと、彼の部屋にいることを思い出した。カーテンは半分くらい開いていて、昼間の明るい光が部屋に流れ込んでいた。僕は、かろうじて腹の上にかかっていたタオルケットをはねのけると、Tシャツにトランクスで、裸足のまま音のするほうに歩いて行ってみた。少し開いたバスルームのドアから、水のはじける音が聞こえている。僕は、ちょっと罪悪感を憶えながらも、好奇心に勝てずに、そのドアのすき間から中をのぞいてみる。シャワーから勢いよくほとばしり出る水にさらされている褐色の体。堅そうな筋肉が動く肩と、なだらかに尻に向けて引き締まっている背中。水着の後が白く残った尻とがっしりとした太腿。不思議に魅力的なその後ろ姿に僕がじっと見入っていると、彼の手がシャワーのコックに伸びてそれをひねり、同時に彼の体を包んでいた水しぶきが止まった。
「ふうっ……。」
彼は頭を振るようにして大きく息をすると、僕のほうに背中を向けたまま、バスタオルをとって体を拭き始めた。彼の体の上を弾んでころがり落ちる水滴が、どんどんそのバスタオルに吸い込まれていく。
適当に体を拭いてしまうと、彼は紺色のトランクスをはき、首にバスタオルをかけて僕のほうを振り返った。バスタオルの片方で頭をごしごしやりながら振り返った彼の姿は、力のありそうな上腕と、まだいくぶん水滴を含んでいそうな腋毛がなんとなく刺激的な感じだった。へそのあたりまで生え上がってきている体毛と、トランクスの布越しに感じられる盛り上がった部分の迫力は僕を圧倒していた。彼は、やっと僕に気づいて、ちょっとバツの悪そうな顔をしたけど、別に何を言うでもなく、すぐ自分だけ納得したような表情になって、僕の肩を、ぽん、とたたいた。彼が何も言わないので、僕はどうすればいいかわからなくて、ぎこちなくベッドルームまで引き返していった。僕が部屋の隅にあるロッキングチェアにそっと腰かけていると、彼も部屋に入ってきた。
彼は、牛乳のパックとちょっと大きめのグラスを持ってきていて、よく冷えた牛乳をそのグラスに八分目くらい注いだ。どうやら彼は、一気に飲みほしてしまうつもりらしい。彼の喉仏が規則的に上下に動くのをながめながら、僕は彼がトランクスだけの裸であることを意識し始めていた。
「……。」
彼は、もう一度グラスに八分目ぐらい牛乳を注いで、黙って僕のほうに差し出してくれた。けれども、僕は、そんなに喉がかわいているわけでもなかったので、ちょっと悪いかな、と思いながら首を横に振った。すると、彼は、ほんのちょっと残念そうな表情をして、それでもたいして気を悪くしたふうでなく、そのまま自分で一口飲むと、グラスを片手に持ったままベッドのほうに歩いて行った。そして、ベッドの横の小さな丸いテーブルの上にグラスを置いて振り返ると、彼は、
「のぞき見なんかして、悪い奴だ。」
僕のほうを見ながらそう言った。彼の表情が意外なほど硬かったので、僕は、とまどいながら、
「ごめんなさい。」
謝った。彼のバリトンに引きずられて、僕の声まで低くなっているようだ。
「ふっ……。」
僕のとまどいに、彼は、おかしそうに微笑うと、首にかけたバスタオルをベッドの上に放り出して、それを避けるようにベッドに腰を降ろした。ベッドに広げられたシーツの白さと、彼の陽に灼けた体の色が対照的だった。その笑顔に安心して、ロッキングチェアに全身を委ねて、少しゆすってみた。窓を閉めきっているのに部屋の中がそうたいして暑くないのは、エアコンのファンがかすかに空しい音をたてて回っているせいらしい。けれども、僕の着ているTシャツは、眠っている間の僕の汗を吸収していて、それが僕を不快な気分にしていた。たぶん僕の肌は、じっとりと汗ばんだ感じがするに違いないと思いながらも、Tシャツを脱ぐのはなんだか気恥ずかしくて、僕は、じっと彼の様子に注目したままだった。
でも、彼は、僕が見つめているのを意識しているのかしていないのか、相変わらず落ち着き払ったままで、おもむろにグラスを取り上げるとまた牛乳を一口飲んだ。そして、何気なく僕のほうに目を向けると、
「おまえも、シャワーを浴びてこいよ。」
とぶっきらぼうに言った。僕は、内心ちょっとほっとして、
「うん。」
とうなずいた。僕は、彼がもっと何か言ってくれることを期待していたのだけど、彼はそれ以上何も言わず、ベッドの下に放り出されていた、何やら分厚い本を読み始めた。しばらくの間、僕はそのままにしていたが、ついにあきらめて、彼の使ったちょっと湿ったままのバスタオルを持つと浴室へ行った。そのバスタオルは、ほのかに、はっかの匂いがした。
眠っている間にねっとりと汗のこびりついた肌を、少し熱めの湯が気持ちよく流していく。いい匂いのする石けんを体の上に泡立てていると、さっきまでの不快感がうそのように思えた。そうして、体中泡だらけになっているとき、突然背後に気配がして、僕は、いきなり羽交い締めにされた。
「あっ……。」
僕は、一瞬、パニックになりかけたけど、背中から大きく包み込む暖かさに気づいて、すぐ抵抗するのをあきらめてしまった。彼の両手が、僕の全身をすべりながら、僕の胸や、下腹部や、脇腹を悪戯していく。
「駄目だよ……。」
口ではそんなことを言いながら、石けんの泡の中から元気に立ち上がってきてしまうのが恥ずかしかった。
「ふっ……。」
彼は僕の言葉を無視して、石けんでつるつるしているのをいいことに、僕の体をもてあそび続けている。僕の体は、彼の手にどこを撫でられても、びくん、と反応してしまった。でも、僕は、そうやって彼におもちゃにされていることよりも、僕の尻に彼の熱いものがごつごつ当たっていることのほうがうれしかった。
彼は、体についた石けんの泡を軽くシャワーで流すと、ちょっと微笑いながら僕を振り返って、
「遊んでないで、早く出て来いよ。」
バスタオルを手に出ていった。
「さんざん僕のことをおもちゃにしたくせに……。」
僕は、何か言い返そうかと思ったけど、バスタオルで頭を拭いている彼のセクシーな背中と尻を見物するだけで満足することにした。そして、もう一度シャワーのコックをひねって、僕は、吹き出してきた湯を頭から浴びた。ホワイトノイズのような水音の下で、快感の名残が、石けんの泡といっしょに白い渦になって排水口に吸い込まれて行った。
乾いたバスタオルが、どんどん僕の体の水滴を吸収していくのが気持ちよかった。僕は、少し機嫌をよくして、ていねいに体を拭いてからバスタオルを腰に巻き、自分の汗を吸ったTシャツとトランクスをつまんで、ベッドルームのドアを開けた。僕が入って来たのを見て、彼は、ちょとうれしそうな表情で、読みかけていた本を、またベッドの下に放り出した。そして、僕の持っていたTシャツとトランクスを取り上げると部屋の隅の籐のかごの中へ放り投げて、そのかわりに、僕に赤いギンガムチェックのトランクスを手渡してくれた。僕は、そのトランクスの色の鮮やかさにちょっとためらっていたが、彼は僕のためらいにはまったく気がつかないふうで、何気ないふうをよそうって、僕がトランクスをはくのを待っているようだった。仕方なく、僕は、腰に巻いたバスタオルを外し、ロッキングチェアに引っかけると、そのトランクスをはいた。鮮やかな赤が意外とすんなり体になじんだので、ちょっとほっとした。僕がトランクスをはいてしまうと、彼はちょっと微笑ってから、ベッドに腰を降ろした。それで、僕も彼にならって、ロッキングチェアに腰を降ろしたんだけど、さすがに彼の視線がまぶしくて、部屋の反対側に無造作におかれているボラボラ島だかの写真のパネルに目をやった。そして、彼の視線を意識しながら、ロッキングチェアをゆっくりゆすってみた。すると、引っかけてあったバスタオルが落ちそうになり、僕は、あわててバスタオルを引っかけなおした。そんな僕のあわてぶりがおかしかったのか、彼はもう一度微笑って、ベッドから立ち上がると、ゆっくり僕の方に歩いてきた。僕は、まるで、罠にかかったうさぎみたいに弱気な視線で、彼の逞しい太腿が部屋を横切ってくるのを見つめていた。僕の横までやってきた彼は、サイドテーブルの上に置いてあって牛乳の残っているグラスを手にしていた。そして、それを僕の方に差し出して、
「飲むか?」
と、今度は声を出して僕に尋ねた。シャワーを浴びて少しのどのかわいていた僕が素直にうなずくと、彼はグラスの中身を少し口に含んで、ロッキングチェアに腰を降ろしたままの僕の上におおいかぶさって来た。ねっとりとした液体が、どっと口の中に流れ込んで来るので、僕はむせないように用心してそれを飲み込んだ。僕の舌には、冷たい液体の味と彼の舌の暖かい感触が残った。彼の舌は、僕の唇に進入してきたときと同じように、いきなり離れていってしまった。僕はそのあっけなさが、少し不満だった。
そんな僕の表情を読みとったのか、彼はいきなり僕の両肩を押さえつけた。突然だったので純粋な恐怖を感じて束縛から逃げようと思わず体をよじったが、そのときにはもう、彼の舌が僕の唇を割って口の中に侵入していた。
「うっ……。」
本能的に顔をそむけようとしたが、彼にがっちりと押さえ込まれていることが、僕にとって著しく不利な条件だった。もっとも、いきなりのキスに驚いただけだったから、すぐ僕は抵抗するのをやめた。彼は従順になった僕の口の中をなま暖かい舌で探るのを中断して体を起こすと、僕の目を見ながら、にやっ、と笑った。彼はきっとこんなふうに、いきなり僕を押さえつけたり、キスで僕の興奮をあおったりするのが好きなんだろう。僕はその笑いの意味を自分勝手に解釈して思わず赤面してしまう。
彼は、僕の手を引いて僕を立ち上がらせると、ベッドの方に誘導した。
「もうちょっと眠ったほうがいいんじゃないか。」
確かにその通りで、きのうのアルコールのせいか、体の芯に疲れがよどんで残っているようだった。彼といっしょにベッドに横になっても、とてもそれ以上のことをする気にはならなかったので、僕は自分の顔を彼の肩に埋めるようにして、腕枕をしてもらった。彼も僕が疲れているのがわかったらしく、挑戦的な愛撫のかわりに、優しく僕の髪をなでてくれた。次第に彼の手の動きがゆっくりになっていって、また時々思い出したように僕の髪を撫でてくれるのをおぼろげに感じながら、それでも僕はしばらく眠ったようだった。
次に目が醒めた時も、しばらくの間、自分がどこにいるのか理解できなかった。ふと気がつくと、さっき僕に腕枕をしてくれていた彼の手はもっぱら本のページをめくるのに使われていたが、そのページは先ほどに比べてだいぶ進んでいるみたいだった。彼は、僕が目を覚ましたことにまだ気がついていないみたいで、真剣な表情で活字を目でおっていた。それで、彼には僕が見えていないのじゃないかと不安になって、タオルケットから手を出して僕は彼の逞しい腕にそっと触れてみた。
「お……?」
彼はちょっと驚いたように、視線を活字から僕のほうに移した。
「目が覚めたのか?」
子供に言うような彼の言葉に、彼の読書を邪魔してしまったらしいことがわかって、僕は、何か言い訳をしなければならない気がした。
「本物かな、と思って……。」
彼はしばらく僕の言葉の意味を考えているようだったが、やがて納得した顔になって少し笑った。僕は、彼に笑われて初めて、自分の言った言葉の意味を悟った。
「え……と……。」
僕が次の言葉を探しているのを見て、彼はまた少し笑った。
彼は、再び読みかけていたページにしおりをはさむと、本をぱたんと閉じてベッドの下に放り出した。それから、僕の手首をぐっとつかんで、彼の逞しい腕に押しつけた。すべすべした皮膚の向こうに強靭な筋肉の束があった。きょとんとしている僕の手を誘導して、彼の体のあちこちに触れさせていった。厚い胸も、ぽつんと盛り上がった乳首も、なだらかな脇腹も、そして、しわを集めて異様に大きいトランクスのふくらみも……。熱く、堅い感触は布越しでも僕の手にはっきりと伝わってきた。しかも、それはますます逞しくなりつつあった。
「本物、だろ……?」
かれは、その堅さを確かめさせるように、僕の手をぐっとそこに押しつけた。
「……。」
僕は、黙ったまま、それを握りしめていたが、のどがからからに乾いていた。僕の握りしめた盛り上がりの先端に、ぽつんとできた濡れ汚点が余計に僕を興奮させた。
「ほら……。」
彼はトランクスの裾から指を突っ込んで、布を持ち上げているものを引きずり出した。それは、ぶるん、と弾んで、トランクスの布の上に伸び上がった。僕がなにもできずにいると、彼の手が僕の頭を押して、彼の欲情を教えてくれた。
Dreaming 僕
火曜日, 4月 29, 1997