Dreaming 僕

火曜日, 4月 29, 1997

 僕は、トランクスをはいただけの裸のまま、ベッドの上でタオルケットにくるまって、スピーカーから流れるCDの音を聞いていた。彼は、ベッドの横のロッキングチェアに腰を降ろして、例によって訳の分からない本を、読んでいるのか読んでいないのか、ときどき思い出したように、ちら、と僕の方に目を向けてちょっと微笑ってみせるので、かろうじて眠っていないらしいことがわかった。そんな彼を、僕は、見るともなく見つめていた。
『彼は、僕のことを好きなんだろうか……。』
終わることのない質問。
「ふうっ……。」
僕は、それまで、ぼーっ、と聞いていたCDの音が、急にわずらわしくなって、リモコンのストップボタンを押してしまった。中低音でうねるように響いていた音がいきなりなくなったので、エアコンのファンのかわいた音がかえって耳についた。そして、それが合図だったかのように、彼は読んでいた本を、ぱたん、と閉じてテーブルの上に置いた。彼は、僕の顔を見て、いたずらっぽく微笑った。まるで僕の質問が聞こえていたかのように……。
「でかけようか。」
そう言って彼が投げて寄こしたのは、真っ白のポロシャツだった。彼は、テディベアのTシャツに首を通していた。どうして、彼は、わざわざこんなにかわいいシャツを着るんだろう、とおかしくて、思わずちょっと笑ってしまう。だって、Tシャツを着ている本人が、十分テディベアなのに……。
「海を見に行こう。」
今からなら、夕焼けに間に合うだろうか。窓の外には、ようやく翳り始めた夏の陽が、白い影を作っている。
「泳げるように、スイムパンツを持って行こうかな。」
彼は、微笑って、
「泳いでる間、車で待っててやるよ。」
僕のことをからかってみせる。それは、『ただ単に海を見たいから車を走らせるんだ』という言葉を口にするかわりの彼の修辞かもしれない。
「ちぇっ……。」
僕は、一応、不満を表明したけど、それがポーズに過ぎないことは、彼以上に僕自身がよくわかっていた。
 車のシートが、熱気をはらんでいて、じりじりするような真昼の陽射しの名残を告げている。エンジンをスタートさせてエアコンのファンを回し始めても、しばらくは熱風しか出てこない。それでも、車が走り始めると少しは涼しくなったような気がする。ハンドルを握っている彼は、暑さなんか感じないかのように、右腕をウィンドウの枠に預けるいつものポーズでアクセルを踏み込んでいる。緩やかに流れていく街の景色に、車の助手席に乗っている自分を意識する。特に何を見るというわけでもなく、緑の影を作っている街路樹や、汗をにじませて歩道を歩いている人や、街路樹に結びつけられたいかがわしい看板なんかが通り過ぎていくのにまかせている。そして、ときどきは、彼の横顔を、ちら、とうかがってみたりする。
「どうかしたか?」
僕の視線に気づいた彼が、僕の顔をのぞき込むようにして振り向いてくれるけれども、なんだか照れくさくて、僕は、歩道を走っている自転車の少年なんかに視線をそらせてしまう。そんな僕の他愛なさを見て、きっと、彼は、ちょっと微笑ってから、また、車のハンドルに注意を戻してしまうのだ。
「アイスクリームが食いたいなあ。」
照れくさいのを隠すために、僕はそんなことを言ってみる。
「コンビニで停まってやろうか?」
彼の律儀ともいえる反応に、僕は複雑な気持ちになる。僕の言葉なんか、無視してくれてもいいのに……。
「……いいよ、わざわざ停まらなくても。」
でも、そんな僕のためらいを全く無視して、彼は、手近のコンビニエンスストアの駐車場に車をすべり込ませた。そして、サイドブレーキを引きながら、彼は僕の顔をのぞき込んだ。
「何が欲しい?」
そう言われて、真剣に考え込んでしまう自分がかわいい。
「そうだなあ。」
けれども、彼は、そんなふうには思っていないのか、
「じゃあ、適当でいいな。」
考え込んでいる僕に、いたく素気ない。
「えーっ……!」
僕が抗議の声を上げようとする頃には、すでに車のドアは閉まっていた。運転手のいない車の中に独りで取り残されていると、自分がこの車に保護されているような妙な錯覚に陥る。彼という堅い人格の殻の中で、まどろんでいるような……。
「ほらっ。」
いきなりドアが開いて、ほんのちょっとうとうとし始めていた僕のひざに、ばさっ、コンビニエンスストアの白い袋が投げられた。
「こんなに買ってきたの?」
素気ない言い方をする時があっても彼のことを許せてしまうのは、こんなふうに、僕が気に入るかもしれない類のアイスクリームをいくつも買い込んできてしまうからだ。
「こんなにたくさん食えないよ。」
僕がぶつぶつ言っていると、彼は、車を流れに乗せながら、
「俺も食うんだよ。」
僕のひざの袋の中から、チョコバーだかなんだかを取り上げた。
「……。」
ハンドルを握る彼の横顔が、夏の色を映していてどきどきしてしまう。彼はアクセルを踏み込んで、滞りがちな車の列をぬっていく。あわただしく流れていく車の外の景色と、ゆったりと流れていく車の中の時間のコントラストが、僕の気持ちをなごませてくれた。