Dreaming 僕

火曜日, 4月 29, 1997

 もちろん、僕は、ちゃんと夏休みをとるつもりだったけど、仕事が忙しくて、本当に休めるかどうか、かなり心もとない状態だった。だから、いつになく真剣に仕事をして、オーバーフローしかけていたキューをなんとかして、ちょっと残ってしまった分は知らんぷりをして、どさくさにまぎれて夏休みに突入してしまったのだ。
「じゃあ、お先に失礼します。」
まだがんばっている先輩を見捨てて、僕は会社を出て、さすがに今日は、まっすぐに彼の部屋に帰ることにした。終電に近い電車にゆられて、彼の部屋に帰った僕が、ネクタイを外しながら発泡性ミネラルウォーターをのどに流し込んでいると、彼は、
「休みはとれたのか?」
例によって、ロッキングチェアにゆられて、意識の底を流れていくような音楽を聞きながら、何気ないふうに僕に尋ねた。
「うん、なんとか……。」
ぼくは、休みを取るのがどんなに大変だったか、説明しようかと思ったけど、彼がそんなことにはたいして興味を示してくれないだろうことはわかっていたので、うなずくだけにした。
「そうか、……じゃあ、出かけようか。」
ちら、と彼がうれしそうに微笑ったのがわかって、それだけで僕は、なんだか満足な気分になれた。
「今から……?」
さすがに今晩は、勘弁して欲しい。
「馬鹿、明日の朝だよ。……ドライブに行こう。」
彼が僕の夏休みの予定を尋ねてくれて、それに合わせて夏休みをとることにしてくれたのは聞いていた。でも、
「どこに連れていってくれるの?」
例の『ホワイトピッピ』での待ちぼうけの時も、それを尋ねたかったのに。僕は、ずっと疑問に思っていたのだ。それなのに、
「どこか、涼しそうなところにでも行ってみようか。」
彼の答えは、僕が苦笑するのに充分なものだった。
『結局、行き先なんか、真面目に考えてないんだよな……。』
まあ、こんなところだろうとは予想していたけど……。僕の顔がよっぽど不満そうだったのか、彼は、
「それとも、どこか行きたいところがあるか?」
と尋ねてくれたけれども、もちろん、僕は、
「別にないよ。」
素直にそう言った。けなげな僕……。
「まあ、出かければなんとかなるさ。最悪、車の中でだって眠れるじゃないか。」
僕の頭の中には、ぼんやりと『カーセックス』というキーワードが浮かんだけれど、黙っているほうが賢明だと思ったので、別の質問をした。
「ところでさ、もし、僕が夏休みがとれなかったら、独りでどこかに出かけるつもりだった?」
ちょっとどきどきしている僕を気にするふうもなく、彼は、
「そうだな、それもいいかなあ。」
あっさりと言ってのけた。
「……。」
彼の目が、いたずらっぽく笑っていなかったら、今頃僕は完全に怒っているんだけど、これはどうやら怒ったりすると彼の思うツボにはまってしまうようなので、
「えー、傷つくなあ。」
と、できるだけ平気を装うことにした。
 彼は、僕がうまくそらしてしまったのに気づいて、ちょっとにやにやしながら、
「独りで部屋にいて、仕事から帰ってくるのを待ってるだけの毎日なんて、あんまり楽しくないじゃないか。」
ごもっともなことを言う。
「寂しいだろ?」
彼のその言葉に、僕は思わず笑ってしまった。
「笑いごとじゃないぞ。」
彼はちょっと険しい表情をして見せた。
「ごめんなさい。……でも、『寂しい』なんて思うこともあるんだ。」
なんだか、彼は、そういう感情を越えたところで生きているような気がしていたので、僕は、彼の違う一面を見たようで、ちょっとうれしかった。
「寂しい、というのとはちょっと違うな。……なんだか虚しくて、焦燥感にかられる、っていう感じかなあ。」
言っていることはすごいけど、淡々と表情も変えずに言うので、どう反応していいのかわからない。
「ふーん……。」
僕が、言うべき言葉を探していると、
「まあ、いいじゃないか、そんなこと。」
彼は、さっさと話を打ち切ってしまう。
「それより、早く寝ないと、明日起きられないぞ。」
まるで、僕のことを子供みたいに……。どうせ、僕は、ちゃんと話もできない子供なんだ。
「……。」
僕がちょっとすねているのがわかっているくせに、彼は、ちょっと微笑っただけで、また、ロッキングチェアに沈み込んでしまった。仕方がないから、
「じゃあ、シャワーでも浴びてくる。」
ボタンダウンの下に着ていたTシャツを脱ごうとしていると、いきなり彼が近づいてくる気配があって、
「好きだよ。」
後ろから、いきなり抱き締められた。
「大好きだよ。」
僕の耳たぶには彼の熱い息がかかっている。
「う……ん。」
そんなことをされたら、返事をするどころじゃなくて、思わず変な声が出てしまう。
「シャワーを浴びなくちゃ……。」
ベッドに押し倒されながら、僕は、一応抗議してみた。
「いいじゃないか、後でも……。」
彼の唇が、首筋にそって降りていくと、僕の体は、もう、自分の意志とは関係なく、彼の手の動きに反応してしまう。
「汚いよ……。」
僕は、最後の抵抗を試みようとしたけれども、あっさりと、彼の、ねっとりしたキスに封じられてしまった。