彼からの電話は、だいたい、いつもそっけなくて、下手をすれば、話をしている時間よりも、お互いに黙り込んでしゃべらずにいる時間の方が長かったりする。
―電話だと、何を話していいのか、適当な話題を思いつかなくて……。
彼はそんなふうに言い訳して、いつも、あんまりしゃべらない。
―黙っていても、電話の向こう側に知がいると思うだけでいいんだ。
場所は離れていても、時間を共有する、ということに、彼がどれほどの価値観を持っているのかわからないけど、僕は、それでも、彼が電話をしてくれた、ということで満足して受話器を握ったままニヤニヤしていたりした。
―もしもし……?
あんまり会話のない電話でも、何か言えば彼が返事をしてくれる、という時間が嬉しかったのだ。
そして、電話が鳴ると、彼からかな、と思う習慣がついてしまった。実際、沈黙電話にもかかわらず、彼は『電話魔』で、期待しても当然なぐらい、よく電話をくれた。例によって僕は、彼が電話をしてくれた、という事実が嬉しくて、
―もしもし……?
彼の声が受話器から聞こえると、
―……うふふっ。
それだけでクスクス笑ってしまったりした。
―……?いったいどうしたんだよ。
彼は、それが不思議で仕方なかったらしい。
―なんでもない。
僕がいくらそう言っても、
―じゃ、何を笑ってるんだよ。
全然、納得しれくれなかった。
―電話してくれたのが嬉しいんだ。
なんて、恥ずかしいぐらい本音に近いことを白状しているのに、
―何だよ、それは。俺への嫌味か?
かえって不機嫌になってしまったりするもんだから、おかしくて仕方がなかった。
そんなわけで、二、三日も電話がないと、僕が泣いちゃうようなことは、多分、決してないけれども、心配にはなった。もう、だいぶ前のことだけど、一週間以上も彼から電話がなくて、どうしたものか考え込んでしまったことがある。あんまりだから、僕から電話をしたりもしてみたけれど、全然、連絡がつかず、とうとう、直接、彼に会いにに行ったのだ。
―やぁ、知じゃないか。
ドアを開けてくれた彼は、パジャマ姿で、髪はボサボサ、無精ヒゲの態で、熱が下がらなくて寝込んでいたらしい。
―大じょうぶ……?
出張に出てる途中で風邪をこじらせた、というのが真相らしくって、
―知からの電話かな、とは思ったけど……。
面倒くさいので出なかった、というのには憤慨してしまった。
―ちょっと言ってくれれば看病に来たのに、ひどいなぁ。
結局、お粥かなんかを作って、一晩、彼の看病をしてきたのだ。
でも、今回、彼から一週間くらい電話がなかった時は、不思議に当たり前のような感覚でいた。それどころか、久しぶりに電話のベルが鳴って、彼の声が、
―もしもし……知?
聞こえてきた時に、そう言えばしばらく彼から電話がなかったな、と、初めて思いついたぐらいだった。
―久しぶりだね。
きっと、僕の声にも、意外なくらい感情がなかったに違いない。だって、僕は、彼の腕枕で彼の台詞を聞いた時から気づいていたのに。
―時間空けてもらえるかな。……ちょっと話したいことがあるんだ。
彼からの電話の意味に気がつかない、なんていうわけがない。
―どうせひまだから、いつでもいいよ。
それでも、彼と会って一緒に過ごせる、と思うことは、僕を少なからずうきうきさせてくれた。それに、やっぱり、彼から電話をもらうのは、単純に嬉しかったのだ。