彼は、僕に腕枕として提供している腕にちょっと力を入れて、僕の首を抱き寄せるような仕草をした。
「……?」
僕が彼のほうに寝返りをうつと、彼は、大きくため息をついて、視線だけ僕のほうに向き直った。そのため息に誘われたように、つい、僕は、
「どうして、結婚してるの?」
と、彼に問いかけてしまった。あまりに無邪気な僕の言葉に、彼は、しばらくの間、困ったような顔をして、天井を見ていた。
「ご、ごめん、そういう意味じゃ……。」
何気なく言ったのに、彼が誤解したのかもしれないと思うと、僕は、弁解の必要を感じてあわてて、言葉を継ぎ足そうとした。
少なからず焦って、適切な言葉を探している僕を、彼は、ちら、と振り返ると、
「……。」
悪戯っぽく、にや、と笑って、
「あ……。」
僕から、腕枕を取り上げてしまった。そして、僕の両肩を抱くようにしながら、僕をベッドの上に押さえつけ、ぐっ、とおおいかぶさってきた。
「キスしても、いいか?」
キスをする時は、目をつむるものだ、と、誰が決めたんだろう。
「……。」
うなずくかわりに、あごをちょっと上げて、軽く目を閉じる。
ゆっくりと僕の唇に彼の唇が触れて、優しい吐息が僕の口の中に流れ込んできた。
「む……ん。」
いつのまに覚えてしまったのだろうか、彼の舌の味は、どことなく僕を安心させる。そうして、僕は、暖かなぬくもりに包まれる。
彼は、唇だけで、僕を犯してしまえるんじゃないだろうか、と、ふと思いつく。彼の舌は、僕の口の中で悠々と動き回り、僕はなすがままなのだ。
「嫌だ……。」
そのくせ、僕の気持ちを見透かしたように、彼の唇は、すっ、と離れていってしまう。
「……。」
彼は、ほんのかすかに僕の唇を奪う動作を繰り返して、僕の反応を探る。
「知……。」
さんざん僕の唇を嬲っておもちゃにしてから、彼は、僕の背中に回した両手に、ぎゅっ、と力を込めた。
でも、考えてみれば、こんなふうに僕の質問をキスではぐらかしてしまうなんて、ずるいやり方だと思う。確かに、キスっていうのは、自分に都合の悪い質問にご遠慮いただくには、なかなかうまい方法であるには違いない。少なくとも、不意の質問に対するいくらかでも気の利いた解答を考えるための時間稼ぎにはなるだろう。そんなことは十分承知しているくせに、キスをされたぐらいでまんまとはぐらかされてしまう自分自身が口惜しい。それに、それをいいことに彼は僕の唇を犯すんだから、これじゃあ、あんまり彼にばっかり有利に過ぎるんじゃないだろうか。
案の定、僕の唇を解放した彼は、にこにこ顔で、
「知と会うより前に、ウチの奥さんと会ってたからさ。」
なんて言うのだ。この台詞に、どう反論できるというのだろう。
「そう……か。」
こんな甘ちゃんで誤魔化されるほど、僕は『お子さまランチ』じゃない、と思う。けど、彼にそう抗議してみたところでどうなるものでもないし、単に、もう一度彼のねっとりしたキスで押さえつけられるだけだろう。
「……?」
彼は、僕の納得したらしい顔を、ちら、と見て、少なからず満足そうだった。
それでも、彼の暖かい胸に顔を埋めながら、
「そんなものなのかもしれないな……。」
僕はそう思っていたりもした。彼の言ったことは、言い訳というよりも、事実だし、僕にとっても、彼の暖かい胸の中で甘えていられる、という事実が大切なのだ、という気がする。
「本当に、ずるいんだから……。」
結局、僕は、キスでうまく丸め込まれたということになるけど、それではあんまりだから、彼の胸の中で小声で抗議してみた。
でも、僕の抗議がよく聞こえなかったのか、それとも、聞こえないふりをして無視することにしたのか、彼は何も反応しなかった。
「……?!」
僕が彼の胸から顔を上げて初めて、彼は、ちょっといぶかしげな表情を装ってみせた。
「どうかしたのか?」
わかっててこんなことを言ってるんなら許し難いけど、
「別に……。」
本当にそうなのか確信が持てないから、いつも許してしまうことになる。
「何かご不満でも……?」
僕の考えつきそうなことぐらい、彼にわかっていないはずがないんだけどなあ。