だいたいにおいて、僕なんかは、自分の口で言ってるよりも、はるかに純情だから、誤解されやすいと思うのだ。例えば、たまたま良ちゃんが横に座ってたりすると、酒を飲むどころじゃなくなっちゃうわけで、トリスタンのマスターが言うように、
「どっか、具合でも悪いんじゃないの?」
というわけでは、決してない。
「本当だ。今日は、普段より大人しいじゃないか。」
何て、良ちゃんまで口をそろえて言うもんだから、
「そうかなあ……。」
僕は、ますます、大人しくならざるを得なかったりする。それでもって、本当は、まだまだ子供、というか、すれてないんだけど、背伸びをしてみたくて、水割りのグラスなんかを、一気に傾けてしまったりする。
「へえ、知くんは強いんだなあ。」
何にもわかっちゃいない良ちゃんなんか、そんなことを言って僕をあおるのだから、まったくもって許し難い、んだけれども、良ちゃんだから、僕は平和にニコニコしてしまうわけで、結局のところ、自己嫌悪に落ち着くのだ。
でも、今日のところは、その自己嫌悪も、あんまり悪い方向には進んでいないみたいで、その証拠に僕は、独りニコニコなのだ。
「どうしたの、やけにうれしそうね?」
マスターなんか、他人がニコニコしてると気に入らないもんだから、そんなふうに冷やかしたりする。
「何でもない。」
僕は、そういう意味では恥ずかしがり屋だから、間違っても、
「隣に良ちゃんがいるから……。」
なんてことは言わない。
「本当だ。ニコニコしちゃって、何かいいことでもあったのか?」
良ちゃんが僕の顔をのぞき込みながら、ちょっと首を傾げてみせる。良ちゃんは、どっちかって言うと童顔だから、こういう仕草をしたりすると、妙にかわいかったりするのだ。僕も童顔だったらよかったのになあ。
「何でもないよ。ちょっと思い出し笑いをしてみただけ……。」
あんまりニコニコしてるのも馬鹿みたいだから、無理をしてポーカーフェイスを心がけるんだけど、今度はなんだかおかしくて、口元が、ついつい、歪んでしまったりする。
そうすると、やっぱり、僕は誤解されやすいわけで、マスターなんか、自意識過剰もはなはだしいことに、
「嫌ね。私の顔を見て笑わないでちょうだい。」
なんて、僕を非難するのだ。
「別に、マスターの顔を見て笑ったわけじゃないよ……。」
大急ぎで弁解にまわることになる。
「そりゃそうだよな。マスターの顔は笑えるような顔じゃないもんな。」
でも、良ちゃんが僕を応援してくれたりするもんだから、僕は、それ以上、何も言えなくなっちゃうのだ。
「それは、いったい、どういう意味?」
マスターににらまれて、
「つまり、それだけ美人だってことだよ。マスターは。」
良ちゃんは笑いながら応戦する。
「知くんだって、そう思うだろ?」
僕にちょっとウィンクをしてみせてから、僕の脇腹を突っつくんだけど、僕は、本当に、うなずくのがせいいっぱいなのだ。
「まあ、二人して、私をいじめるんだから。」
なんて、マスターが捨て台詞を言うのを聞きながら、腕組みする振りをして、さっき良ちゃんに突っつかれたあたりをそっと押さえてみる。
マスターがすっかりすねちゃったので、良ちゃんは笑いながら、こっちを向いて、
「久しぶりだね、知くん。」
と、僕に話しかけてきた。
「そんなことないよ。先週の土曜日にも会ったでしょう?」
僕はかわいくないから、こういう返事しかできない。
「そうだっけ……?でも、一週間ぶりじゃないか。」
良ちゃんに、ポンと肩を叩かれて、
「うん……。」
僕は、肩に残る良ちゃんの掌の暖かさが気になったりする。
「そう言えば、知くん、いつもいっしょの人は、どうしたの?」
え、え?!
「ちょっと……。」
そんなに、いつも、いっしょだったわけじゃないのに……。
「そうなのか……。」
良ちゃんは、一人で勝手にうなずいちゃって、えらく素直に納得してくれたんだけど、本当にわかってるのかなあ。
良ちゃんが、いきなり、変なことを言い出すもんだから、焦っちゃって、何を言っていいのかわからなくなってしまう。こんなふうに気まずい沈黙が続いたりすると、
「マスター、チェックして。」
何となく、居づらくなっちゃって、ついつい、僕は、他のお客さんと馬鹿話に興じているマスターに声をかけてしまう。
「何だよ、もう帰るのか。」
そうしたら、マスターより先に、良ちゃんが僕の肩を突っついた。
「俺の顔を見たら、すぐに帰っちゃうなんてひどいなあ。」
そんなこと言ったって……。
「本当に帰るの?」
良ちゃんの言葉に心が動いちゃったりするんだけど、
「うん。」
純情な僕はかわいくうなずいてしまう。
「もう少しいろよ。俺も、もうすぐ帰るからさ。いっしょに帰ろうよ。」
良ちゃんは強引に、僕を腰かけさせてしまった。
「でも……、最終電車が。」
どっちにしたって、家に帰ったりなんかするわけがないんだけど、僕は、むきになっちゃって、抵抗してみせるのだ。
「今日は、車だから、送ってやるよ。それならいいだろ?」
そんなわけで、結局、僕は、帰りそびれてしまったのだ。