確かに、僕だって、うわさに高い淫乱旅館なるところへ、行かないわけじゃない。そういう場所で、いかがわしい行為に及んじゃったことも、片手ぐらいじゃすまないことも否定しない。けれども、本当に、僕は純情なわけで、一晩に両手の人数の相手をしたとか、いっぺんに三人もの人と口にするのもはばかるようなことをやってた、なんていうことは、まったく根も葉もないうわさなのだ。だいたいにおいて、世間は、傷つきやすい純情少年に冷たいから、僕なんかは、すぐ、カモにされちゃうのだ。
「知くんは、どういう人が好きなの?」
なんて、良ちゃんが、尋ねるもんだから、
「え?!」
僕は、かわいぶって、思わず聞こえないふりをしなければならなかったりする。だって、どう間違ったって、良ちゃんが好きだ、なんて僕に言えるわけがない。
「あら、この子に趣味なんかないのよ。」
それなのに、おじゃま虫マスターが、口をはさむわけで、かわいそうな知くんは、冷たい世間の仕打ちを受けることになってしまったのだ。
これは真剣に思うことなんだけど、マスターは、僕みたいなかわいい子にコンプレックスを抱いてて、いじめてみたいんじゃないだろうか。
「ゆりかごから墓場まで、っていうのは、この子のことだもん。」
なんていう台詞はあんまりじゃないだろうか。
「ゆりかごから墓場まで、って?」
そんなことをいちいち尋ねなくてもいいのに、良ちゃんなんか、律儀にマスターに質問するもんだから、
「小学生から、本当のオジンまで、っていうことよ。」
形容のしようがないくらいひどい台詞だと思う。でも、もっとひどいのは、良ちゃんのほうなわけで、
「えー!!知くんは、本当に小学生なんかとやったことがあるの?」
マジな顔でこんなことを尋ねられて、いったい、僕は、どんな返事をすればいいのか教えて欲しい。
「冗談だよ、冗談!」
僕が必死になって否定してるのを、マスターはニヤニヤ笑って見てる。絶対、いつか、この仕返しをしてやらなくっちゃ。
でも、良ちゃんなんか、全然僕
の弁解を聞いてなくて、マスターなんかの言葉を本気にしちゃうんだから、どうしようもない。
「へえ、知くんが、そんなに趣味が広いなんて思わなかったなあ。」
だから、それは、無知に基ずく誤解だ、っていってるのに……。
「違うよ、僕、そんなに趣味が広くないったら。」
せっかく良ちゃんが納得しかけてたのに、マスターなんか口をはさんできて、
「あら、そんなに言うんなら、知ちゃんの趣味を言ってみなさいよ。」
そんなこと言ったって……。
「ほら、言えないでしょう?」
僕、泣いちゃうから……。なんて、ちょっとぶりっ子すぎるかなあ。
「そんなことないよ。」
僕が好きな人、って言われても、あんまり漠然としすぎてるけど、やっぱり、いいな、と思える人が、僕にとっては本当にいい人なんだろうと思う。でも、そんなことを言いかけて、僕は口ごもってしまった。だって、僕にとってのいい人っていうのは、どういう人なのか、僕自身にもあんまりよくわからないところがあるのだ。
「いいんだ、いいんだ、どうせ僕は多趣味でさ、その上、淫乱で……。」
ちょっとすねたふりなんかして開き直っちゃったら、さすがにマスターもそれ以上は追求してこなくて、
「それだけ自覚してるのは、偉いわね。」
なんて、最後の台詞がちょっと気にくわなかったけど、とりあえず、今日のところは、我慢することにした。
そんなわけで、良ちゃんは、純情な僕がマスターにいじめられるのを、おかしそうに見てたんだけど、全然、こりなくて、
「でも、マジの話、知くんは、どういう人が好きなの?」
なんて、どっと疲れがでちゃったりする。
「どういう人が好きか、って?」
うん、うん、なんて良ちゃんはうなずいてみせて、あくまで、僕を考え込ませてみたいらしい。
「僕は……。やっぱり、いい人がいいと思うんだけど……。」
せっかく正直に言ったのに、良ちゃんはわからないみたいで、変な顔をしてる。
「いい人、って?」
まあ、無理もないかなあ。こんな言い方じゃ僕自身にだって、わっぱりわからないんだから……。
「いいな、って思った人……。」
たいして説明にもなってないような気もするけど……。
「ふうん……。いいな、って思ったら、それでいいわけ?」
良ちゃんが言ってるのとは、ちょっとニュアンスが違うような気がするんだけどなあ。
どうでもいいような相手だったら、このぐらいの誤解は我慢するんだけど、他ならぬ良ちゃんが相手だから、僕は、むきになっちゃって、何とか誤解を解くべく説明したりする。「そうじゃなくて、いいな、って思える人だから、いいんだ。」
そのわりには、ますます何の説明にもなっていなかったりして、我ながら、焦ってしまったりするのだ。
「じゃあ、どういう人がいいの?」
そういわれると、困るんだけど……。
「いいな、って思える人。」
無限ループに迷い込んでしまったような気がする。
「……。」
良ちゃんに笑われてしまった。
「でもさ、本当に、僕、相手が年上だとか年下だとか、デブだとかガリだとか、そんなことは、どうでも言い、とは言わないけど、あんまり関係ないんだ。……だから、声がバスだ、とか、八重歯だ、なんていうだけで、いいな、なんて思っちゃうこともあったりして……。」
僕が、せっかく説明してるのに、良ちゃんなんか、
「結局、知くんは、どんな人でもいいわけなんだ。」
こういうことを平気な顔をして言って、純情な、傷つきやすい少年の心を踏みにじってくれるのだ。