その時間帯の電車の、しかも、その車両が、(僕みたいな純情な高校生にとっては)あぶない車両だというのは、知識としては知っていたけど、実際にあぶない経験をしたのは初めてだった。いつもはできるだけ詰め込み具合のましな車両に乗るように心がけていたんだけど、ちょっと寝坊してしまったもんだから、とにかく手近の車両に飛び乗らなければならなかったのだ。そして、その車両が、つまり、あぶない車両だったということなのだ。だから、たまにはあぶない経験をしてみたい、とかの妄想を僕が抱いていたわけじゃ、けっしてない。
なんとかこの電車に乗らなくちゃならないから、僕は、ドアのところにできている人垣の間に、カバンを胸に抱くようにして無理矢理体を押し込んだのだ。
「ほっ。」
ドアが閉まって、安心のため息をついた僕の斜め前には、大学生風の人がいた。いつもは電車に乗り込むときに、ちゃんとカバンで下腹部をガードするように心がけているんだけど、その時はとにかく電車に乗るのにせいいっぱいでそれどころじゃなかった。しかも、胸に抱いたカバンが斜め後ろに引っ張られているような状態だったので、恐ろしいことに、僕の下腹部は非武装状態になってしまっていた。当然電車内はぎゅうぎゅうで、僕とその大学生の人は、斜め向かいにほとんど密着していたから、意味深に伸ばしているその人の手が、ちょうど僕の下腹部に押しつけられることになった。というか、僕が後から乗ったのだから、僕が下腹部を彼の手に押しつけたことになっちゃうのかな。でも、後から考えてみると、絶対、彼は、僕の非武装状態の下腹部を悪戯する目的で、何らかの努力をしたに違いないと思う。
最初のうち、僕は、何とか電車に間に合って、無邪気に『よかった』と思っていただけなんだけど、間に合うための『無理な駆け込み乗車』の結果として、自分の無防備な下腹部に大学生の人の手が当たっていることに気づかざるを得なかった。もっとも、気づいたところで、ほとんどどうしようもないのが満員電車だから、僕はとりあえず、ちら、と彼のほうを見てみた。僕の視線に気づかないはずはないと思うんだけど、彼は全然知らんぷりで、電車の揺れに踏ん張っているふうに窓の外を見つめている。でも、そうやってわざとらしいまでに僕を無視していることで、かえって彼が僕のことを意識しているのがよくわかった。僕は、
「ふうっ……。」
と小さくため息をついて、なんとか自分の下腹部に押しつけられた彼の手を意識しないようにしようとしたけど、……やっぱり無理だった。
意識しないようにしようとすればするほど、僕のは、ぐんぐん元気になって、駅のホームを離れた電車がまだ加速している間にトランクスの中が窮屈になり始めていた。
「やばい。」
その人の手は、自然に僕の下腹部に押しつけているだけだったのに、僕が一人で興奮しちゃったら、まるで、僕が痴漢をしてもらいたくて元気になっちゃったみたいだ。相手の大学生の人がまあまあかっこいいから、よけい意識しちゃったところはあるけど、本当に僕はこういうのは苦手なんだ。そもそも、僕はまだ純情な高校生のはずなのに……。
「はあっ……。」
僕が堅くしちゃっているのに気づいたのか、彼も小さくため息をついて、すっかり元気になっちゃった僕のものを、手の甲でちょっと押した。
「あっ……。」
ただでさえ窮屈になって困っているのに、そんなことをされたら余計に興奮してしまう。僕は、思わず、下腹部に、ぴくん、と力を入れてしまったんだけど、当然、それは、彼の手にも伝わって、
「……。」
彼は、初めて僕の方を、ちら、と見た。なんだか、結果的に僕が彼に誘いをかけているみたいなことになってしまったので、僕は、恥ずかしくなって視線を落としてしまった。でも、視線を落としたのが、僕の『おっけい!』だと解釈されたらしく、彼の手はますます元気にもぞもぞ動き始めたのだ。
こんな状態になってしまって、僕は、いったいどうすればいいのか、はっきり言って途方に暮れていた。何とか彼の手から逃れなくちゃという気持ちと、もっと彼の手に便宜をはかってあげよう(!)という気持ちの間で、僕の気持ちは揺れていた。でも、その悩みも長くは続かなかった。電車が次の駅に近づいたときに、がたん、と大きく電車が揺れたのだ。
「おっと。」
僕と彼の間には、瞬間的に真空状態が生まれて、彼は、その機会を逃さず、手の甲で悪戯していた僕の下腹部を、手のひらで悪戯できるように腕をひねったのだ。だから、電車の揺れが元に戻って、僕がまた彼と密着したときには、僕の変な方向に元気になったものは、彼の手のひらに、すっぽりと包み込まれてしまうことになった。
新しい事態に、僕は、ひたすら赤面してしまった。もちろん彼は、僕のものを大人しく握っていたりはしなくて、斜め下方向に堅くなっている僕の位置を、楽になるように指でぐいぐい移動しようとするのだ。
「えーっ……。」
ど、どうすればいいんだろう。でも、もっと恥ずかしいことに、彼の指がそんなことをしてしまったので、それまで中途半端に堅かった僕のものが、がちがちに堅くなってしまったのだ。
「……。」
すっかり大胆になった彼の指は、堅くなったものの両側を根元から先端までなぞったり、ひっかくようにしながらし根元まで刺激したりした。彼の指が動くたびに、僕は、唇をかんで、恥ずかしさだか快感だかに耐えなければならなかった。さすがにその人も、それ以上大胆なことをしようという気配はなくて、救われたと言えばいいのか、残念だったと言うべきか……。僕は、ひたすら電車が僕の降りる駅に早く着くことを祈っていた。
やっとホームに電車が滑り込んで、ドアが開くのももどかしく、僕は、突っ張ってしまったズボンをカバンで隠して、大急ぎで電車から飛び出した。さっきまであんなに充血して窮屈だったのに、電車から降りたとたんに僕の下腹部は、すーっ、と楽になっていった。僕は、なんだか複雑な気分になりながら、学校への道を走り始めた。本当は学校どころじゃない気分だったけど、この電車に乗ったってことは、時間的にとろとろ歩いていたんじゃ遅刻してしまうということを意味しているのだ。