ほとんど何も考えずに、僕は、ポケッ、と電車に乗って吊革につかまっていた。周りの人のことなんか、なんにも考えていなかったんだけど、
『なんだか尻のあたりが変だなあ。』
とか思って、ちら、と後ろを見ると、今朝の大学生の人が僕と背中合わせに吊革につかまっていた。
『えーっ!』
それだけでも、僕は、心臓が、どきっ、となるくらい驚いたんだけど、もっと驚いたのは、つまり、僕の尻が変だったのは、その人の手のせいだということがわかったことだ。僕が首をひねるようにして下の方を見てみると、その人が、ズボンのポケットに親指だけ引っかけた左手を後ろの方に伸ばして、人差し指と中指で僕の尻をさりげなく触って悪戯しているということがわかってしまった。尻を悪戯されているというだけでも、わりと刺激的な出来事じゃないかと思うけど、
「そんな……!」
僕の尻を悪戯している人が、今朝の大学生の人だとわかったら、急に僕の体が反応し始めた。
「どうしよう……。」
その人の指が触っているところから、しびれるような感覚が僕の下腹部に広がって、ぐんぐんとトランクスが窮屈になっていく。
「やばいなあ。」
なんとかしなくちゃ、と思っても、意識すればするほど、僕のはびんびんになってしまう。そんなにぎゅうぎゅうの電車じゃないから、僕はちょっとだけ体をひねって、その人の指を避けてみる。けれども、当然のようにその人の指も僕の尻を追いかけてきた。僕の体は隣の吊革につかまっている人に阻まれて、それ以上は大学生の人の攻撃を避けることができない。それがわかっているのか、その人の指は、僕の尻の割れ目に沿ってゆっくりと僕の感覚に挑戦してくる。
「……。」
僕は、ぎゅっ、と目をつむって、なんとかそれを無視しようとするんだけど、その人の指は、ゆっくりと撫でるようにしたり、指先で引っかくようにしたり、刺激方法のバリエーションを並べ立てて僕の努力の邪魔をする。当然のように、僕のものは変な方向にびんびんで、なんとか方向を直したいんだけど、周りの人の目が気になってどうすることもできなかった。仕方なく僕は、カバンを持ちかえてズボンの突っ張ってるあたりをガードするようにしてたけど、突っ張った部分に当たっているそのカバンがまた刺激になってしまったりして、僕は、一人で赤面してうつむいていた。
どうしようもなくて、僕は、次の駅で電車から降りてしまった。もちろん、僕が降りる駅より手前だったけど、純情な僕には他の選択肢は思いつかなかった。
「ふうっ……。」
僕は、いっしょに降りた人たちがさっさと改札口の方へ歩いていくのを見送って、こっそりカバンとズボンの間に手を入れて、なんとか突っ張っているものを楽な方向にしようとしていた。その状況で、
「君、お茶でものまないか。」
僕は、そう声をかけられて、すっかりうろたえてしまった。もちろん、それは、さっきの、というよりも今朝の大学生だった。
「え、僕ですか?」
そんなにストレートに声をかけられて、僕は、すっかりあがってしまっていた。
「まだ、時間はいいだろ?」
僕は、ちら、と腕時計をのぞいたけど、なんて言って断ればいいのか、適当な台詞を思いつかなかった。
「時間はいいですが……。」
僕のあいまいな返事じゃ、とうてい拒否になっていないことは明らかだった。
「じゃ、俺の部屋に行こう。」
彼は、僕の肩に手を乗せて、僕の体をもう一度電車の方に誘導した。僕は、大きな手に肩をつかまれて、全身が熱くなってしまった。
僕の降りる駅を通り過ぎて2つめくらいの駅で、僕は彼に促されて電車を降りた。そのまま、どこをどう歩いたのかわからないうちに、僕は、彼のワンルームの部屋に引きずり込まれていた。だって、実際、彼は、僕の肩にずっと手を乗せていたままだったから、引きずり込まれた、っていう表現はかなり正確だと思う。
「コーヒーでも飲むか?」
それはたぶん儀礼的に言っているだけで、彼の欲望に輝いている目を見れば、本当にコーヒーをごちそうしてくれようと思っているわけではないのは明らかだった。彼がインスタントコーヒーのビンをごそごそやっているのを横目に、僕は、どうすればいいのかわからなくて、カバンを持ったまま部屋の中を見回していた。
「きれい好きなんですね。」
彼の部屋はどこもきちんと片づいていて、ベッドでさえ、きれいにメーキングされていた。でも、それがかえってベッドの存在をアピールしているようで、僕は、自分が興奮してしまうのをどうしようもなかった。
「そんなに堅くならずに、もっと楽にしろよ。」
彼は、そう言いながら、僕をゆっくりとベッドに押し倒した。
「堅くするのは、ここだけで充分だ。」
そんなことを耳元でささやきながら、彼は、テントを張った僕のズボンに手を伸ばしてきた。
「あっ……。」
彼に握られるのは、初めてじゃないのに、僕は、声が出てしまうのをどうしようもない。
「敏感なんだなあ。……今朝も反応がすごかったもんなあ。」
哲也とのことがあってすっかり忘れていた、電車の中でのあの興奮を思い出して、僕は、ズボンのテントの支柱がぎんぎんに堅くなってしまうのを感じていた。
「いいだろ?」
だから、彼が、僕のズボンのベルトをゆるめ始めても、すでに僕には抵抗する気力なんか残っていなかった。
彼は、がつがつとむさぼるように僕の体をもてあそんで、もちろん、彼自身も、
「いくっ!」
という雄叫びといっしょに、僕の胸の上に、びゅっびゅっ、と噴き上げた。
「ふうっ……。」
彼は、ティッシュペーパーの箱を僕に手渡すと、床からトランクスを拾い上げてゆっくりとはいた。僕の胸と腹は、僕自身の樹液と彼の樹液が混ざり合って、ティッシュペーパーを総動員して拭き取ってもなかなか拭き取れなかった。
「コーヒー飲むか?」
僕は、まだティッシュペーパーと格闘していて、それどころじゃないんだけど、彼は、すっかり落ち着いてしまって、マグカップを片手に僕をにやにや見ている。
「……。」
さすがに恥ずかしくて、僕は、半勃ち状態の根本のあたりに、まだ粘ついているのを無視して、急いで自分のトランクスを拾い上げた。
「学校でも、ずっと興奮してたんだろ。」
彼は、決めつけるように言う。でも、本当は今朝からこれで2回目だ、と知ったらなんて言うだろう。体育倉庫の中で哲也に一発抜かれてちょっとは落ち着いていたはずなのに、それから半日もたたないうちにこんなに派手に噴き上げてしまうなんて、僕は自分が信じられなかった。
べっとりと濡れてしまったティッシュペーパを見ながら、
「すごかったもんなあ。」
彼は他人事のような言い方をした。僕は、こんなに興奮した原因が、朝の痴漢の相手に抱かれたからなのか、それとも、哲也に抱かれた余韻が残っていたからなのか、Tシャツに首を通しながらちょっと考え込んでしまう。
「ほら。」
彼は、僕にコーヒーの入ったマグカップを手渡してくれた。
「どうも……。」
ポットの湯を注いで作ったインスタントコーヒーだったので、そのカップはぬるかった。僕は、それを一口すすってから、
「じゃあ、僕、帰ります。」
学生服を片手に持って、思い切って立ち上がった。
「え、もう帰っちゃうの?」
僕は、彼の言葉に、
「早く帰らないと、家で心配するから……。」
適当に言い訳をしながら、
「じゃあ、どうも、ありがとうございました。」
彼の部屋を出た。
「気が向いたら、また来いよ。……それに、朝の電車でも会えるよな。」
僕は、ちょっと微笑ってみせたけど、
『そんなことは、きっともうないと思うな。』
彼にはその微笑いの意味がわかっただろうか?
「別にわかってくれなくたっていいや。」
僕は、適当にあいさつをしてその大学生の部屋を出ると、駅への道を急ぎ足で歩いた。でも、そのまま自分の家に帰る気にはなれなくて、結局、大幅に乗り越して学校とは反対の駅まで来てしまった。