週末なんか、電話がかかってきてもあんまりていねいに応対する気にもならないなんて、俺って、やっぱり、サラリーマンに向いてないんじゃないかと真剣に悩んでしまう。
「もしもし。」
かろうじて、サラリーマン風の声で電話に出た。
「もしもし……。」
珍しく、奴の声が受話器から聞こえてきた。
「なんだよ。」
せっかく苦労してちゃんとした声で電話に出たのに……。
「ひまなんだよ……。」
そんなことでいちいち電話して来るんじゃない。
「そんなこと俺が知るかよ。」
そのまま電話を切ってやってもよかったんだけど、それほど仕事に燃えていたわけではないので、とりあえず奴の電話につきあってやることにした。
わざわざ電話して来るぐらいだから、少しはまともなことをしゃべるだろう。なんて、全然そんなことを期待してたわけじゃないけど、
「めしでも食いに行こうぜ。」
人の会社までめしの誘いの電話をかけて来る奴なんて、きっとこいつぐらいのものだろう。
「おまえのおごりなら考えてもいいな。」
ほいほいのってしまう俺も、いい加減な奴には違いないけど……。
「6時ぐらいならなんとかなるだろ?」
俺は真面目なサラリーマンなんだからな。
「6時半に例の喫茶店ならいいよ。」
わざわざ30分遅くするところが我ながらガキだったりする。
「わかったよ、じゃあな。」
俺なんかをめしに誘うところを見ると、きっと今朝の若い子とのその後が不調だったんだろう。ざまあみろ、3連休になんかするからだ。
「ふふん。」
人の不幸というものは、どうしてこんなに楽しいんだろう。
だいたいが、退社時間などというものはなんだかんだ言っても単に意志の問題に過ぎないから、6時過ぎにはしっかりタイムカードを押していたりする。別に急に暇になったわけでもないのに、待ち合わせだったりするとさっさと帰ってしまうんだから、やっぱり俺は基本的にサラリーマンには向いていないのに違いない。ただ、待ち合わせの相手がルームメイトに過ぎないというのが、かなり問題があるような気もするけど……。しかも、そのルームメイトと言うのが、結構なおっさんだったりして……。
「めし食いに行こうぜ。」
コーヒーの一杯ぐらい注文させろよな。俺はおまえと違ってちゃんと一日真面目にサラリーマンしてたんだからな。
「炭焼きコーヒー。」
ウェイターの学生風の子がなかなかかわいかったりする。あーあ、どうせなら、こんなかわいい子をルームメイトにするべきだったなあ。
完全に俺が無視してることがやっとわかったらしくて、奴は、
「俺、腹が減ってるんだよ。」
もう一度、アピールしてみせた。
「休みだったくせに、めしぐらいちゃんと食えよ。」
俺もそうだけど、だいたいが怠慢なので、冷蔵庫の中身が乏しいときには、めしもそれなりのものになってしまったりする。当然、冷蔵庫の中身は乏しいことが圧倒的に多くて、この一週間ぐらいは買物にも行ってないから、推して知るべしだったりする。
「今日の子はどうしたんだよ。」
あんなかわいい子なんだから、晩めしぐらい誘ってやればいいのに……。
「昼過ぎに帰った。」
ぶっきらぼうな奴の言い方がおかしい。
「あーあ、また若い子をだまして、とんでもない奴だ。」
聞こえてないわけはないんだけど、奴は聞こえなかったふりをしている。まあ、おまえの相手のことなんか俺の知ったことじゃない。
さっきのかわいいウェイターが俺のコーヒーを運んできてくれて、それだけで、なんとなく機嫌がよくなった。
「物欲しそうに何を見てるんだよ。」
俺がにこにこしているもんだから、奴は気がついたらしくって、俺の顔を見ながらニタニタしている。
「……。」
今度は俺が聞こえないふりをすることになった。
「めしを食いに行くんだろ?」
自分の立場がまずくなると、しっかり脅迫してしまったりする。
「なんかうまいものを食おうぜ。」
奴は『うまいもの』という言葉で俺の機嫌をとろうとする。
「何を食うんだよ。」
それでもって、我ながら情けないんだけど、誤魔化されてしまったりする。
「懐石かなんかがいいな。」
懐石はいいけど、おまえのおごりだろうな。
「やっぱり日本人は和食だよ。」
おまえなんかとっくの昔に人間やめたのかと思ってたよ。
基本的にうまいものという言葉に弱くて、よくだまされてしまうんだけど、今日の場合、だいたいどこに行こうとしているかわかっていたので、わりと安心して奴の言葉に同意することにした。
「青柳でいいだろ?」
やっぱり、奴が和食なんて言い出したら青柳くらいのところだ。
「おごり……?」
冗談のつもりでいったんだけど、
「しょうがないな……。」
どこか悪いんじゃないの?ちょっと不安になったりするけど、まあ、おごってくれると言うんだから、拒まないことにしよう。どうせ、飲み屋かなんかに俺をつき合わせようというんだろう。とりあえず、明日はなんとか休みだし、朝までならつきあってやってもいいな。何しろ、青柳でおごりだから……。